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a la vie et a la mort la maladie
deeの危痴害病棟入院日記。




05/19 (日) 08:55
これにて終了。
今日をもってこの日記は閉鎖します。
5月分は今までどおりの方法で書いていきます。
「危痴害」と言いつつ、あまり病的ではなかったような感じだけど、
まあいいか。
もう終わったことだ。
私は病的な危痴害でばかな精神を病んだ、まともに見える人間なのだろう。
では、サヨナラ。危痴害病棟。
05/19 (日) 06:35
退院
月曜日に退院するつもりだったのだが、事務手続きが月曜に出来ないというので、土曜日に無理やり退院してきてしまった。
もう、ぼんやり入院してるのも嫌だったし、人間関係にも飽き飽きだった。でも、私が唐突に退院することになったら、数人の入院友達は泣いてくれた。情緒不安定な人が多く、その場だけでも、嬉しかった。私もこの一ヵ月半を思い出して泣けてしまった。
つらいことも、楽しいことも、うんざりすることもあった。
でも、入院生活を無駄にはしたくない。
全く治ってないと思うけど、生活習慣だけは身に着けておこう。
母には、無理を言って迎えにきてもらった。
父は笑って「おかえり」と言ってくれた。
よく行くHPにも挨拶回りしてきた。
これで自由だ。
でも、これからは、つらくても自分で自分を持ってなきゃならない。
主治医は、退院させたくない様子だったが、もう、病院で学ぶことはない。これからはしばらく通院だ。ちとめんどい。
05/17 (金) 20:07
カウントダウン
退院カウントダウン。後三日。早く出たい。病院内の人間関係には飽き飽きだ。どこに行っても同じだが。今日やっと、会社に退院報告の電話をした。迫ってくると働くのが嫌になってきた。ひきこもりたい。んだかんだあって、もう嫌なので、この前、家に戻ったときにこっそりもちこんだ睡眠藥をいくつか飲んで寝逃げした。いけないことだが、そうでもしないとこの長い暇な永遠とも思える時間を過ごせない。病的で結構だ。
05/16 (木) 20:11
廃人
私は本当には人を好きになることないだろう。入院先で友人になった人に男の子を紹介されたが、ぴくりとも心が動かなかった。その場では楽しく時を過ごせるのだが、心に何も残らないのだ。まさに廃人だ。これから、どうやって生きていくんだろうな私は。あーあ、かわいそうな自分、と客観的にしかあわれむことしか出来ない。
05/14 (火) 17:36
本当のキモチ
退院が決まった。それはいいことだ。でも、実は悪いのだ。私は全然良くなってにのだ。そのことを主治医には黙っている。早く退院したいから。もう集団生活は耐えられなくなった。死にたい。その気持ちは全く変わらない。このまま退院しても、何をしでかすか、自分でもわからない。でも、一生病院にいるわけにはいかない。出たい。死にたい。今、その衝動を止めているのは、去年の夏に見た母の泣き顔だけだ。
05/14 (火) 12:34
病棟へ戻ると
夕方、母と病院に戻った。すぐに、先生と母と三者面談をした。その時に自宅ではどうですか、と聞かれ、もう大丈夫なので退院させてください、と言った。先生は困った顔をしたが、母も元気になってきていますと、口添えしてくれた。なにより、退院して仕事があるのがきいて、退院が決まった。昼間に飲む薬を止めてみて一週間様子をみることになり、20日の月曜日、ということになったのだ。とりあえず、解放される。よかった。
05/12 (日) 22:26
本性
私の本性が現れた。薬を飲むのを止めたのだ。実は今「一時帰宅」で家にいる。このところ、安定して気持ちよく何事も無く、不安になるくらいに感情の波がなかった。しかし、集中力が無くなり、何事にも無関心で何もせず、ぼーっとすることが多くなったのだ。本も読めないし、中身に集中することが出来ずに2,3ページ読むと、そわそわして煙草を吸いにいったりする。その繰り返しだ。
これはもしや、食事のあとに出される薬のせいかと思い、家に帰省しているこの三日間を利用して飲むのをやめた。
本は相変わらず読んでないが、私の本性が現れ始めた。
死にたくて死にたくて仕方ないのだ。
もう、そのことしか頭の中に無い。
つまらないことでイライラしたり、病院からのではなく別から入手した睡眠薬ばかり、飲んでしまう。過食に走る。
そして、死にたくて仕方ないのだ。
いますぐ病院に電話して相談すれば、きっとすぐに戻って来いと言われるのがオチだろう。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。逝ってはいけない。
薬物中毒で死に至る程の量は持っている。もともと肝臓は強くない。
今だ。今しかない。今、その大量の薬を飲めば死ねる筈だ。
いや、駄目だ駄目だ駄目だ。死んではならぬ。
大人しく、病院からもらった睡眠薬で眠るんだ。
それですべてを忘れてしまえ。そして退院して復職するんだ。
嫌だ、そんな人生。死んでしまえ。
支離滅裂の頭の中のカオス。
眠るんだ。忘れるんだ。衝動などに囚われるな。取り戻せ。自分を。
05/11 (土) 19:45
ネットでの知り合いが死んだ。
私は入院もしていたし、彼のHPもちゃんと見てなかった。
死んだ。死んだ。死んだ。
年末にライブやるから来てねー、なんてレスを返してくれたのに。
先に逝ってしまった。
「知り合い」程度だった関係だが、私はちょっと憧れていた人だ。
彼は死んだ。四月末のある日に。
彼は死んだ。自殺系のチャットで知り合ったが、死の話はしたことがなかったな。彼の言葉、残るだろうか。
彼は死んだ。
05/11 (土) 05:01
狭い人間関係
病棟内の人間関係は狭い。そのなかでもごたごた起きる。私は揉め事から避けるが、はたからみていてもツライものがある。それで、またもや逃げ出す私。それだけで鬱に入ってしまう。なんとかしなきゃね、この「現実逃避癖」。
05/09 (木) 19:49
盗難事件
女子病棟で盗難があった。人の持っているぬいぐるみと香水が欲しくて、夜中に人の部屋に侵入して、持っていき、千円札を置いていった、というものだ。4人部屋で、カーテンが無い部屋だったので、他の子が見ていたらしいので、犯人はわかっている。しかし、ものすごい思考回路だ。盗まれた子は「なんで私がこんな目に会うんだあ」と泣きわめくし、盗んだほうも「こんなことするつもりなかったのおおお。」と泣きわめくし、なんだかどうも収集がつかない。やはり精神病院に入院してるだけあって、おさえがきかない状態になると、すごいことになる。ナースさんや先生が両者をおさえてなんとか収まった。しかし、女同士だけに嫌なしこりが残りそうで今後がコワイ。
05/08 (水) 20:17
ばかだ
昨日が飛んでいる。一日十寝ていた。ご飯の時、起きるくらいだった。風呂にも入らなかった。ちっと気持が欝っぽくなりそうだったので、外泊時、あまった薬を3錠ほど勝手に飲んでしまったのだ。そうしたら、腰砕け状態になってしまった。やはり、医師の言うことは守るべきだなあと思った。今日はそのせいかどうか、ぼんやりしていて買い物に行く人に着いていく気力もなかった。暇なので本でも読めばいいものを、精神薬のせいか集中力が無く、続かない。しかも、間食禁止がとけて自己管理になったものだから、駄目だ。持ってる物時間を置きながらも全部食べてしまった。バカだ。初の一人散歩と言いつつ、コンビニに寄ってしまった。アホだ。ばかは死ななきゃ治らないとはこのことだ。隠して退院しようと思ってる。
05/06 (月) 20:02
退院まぢか!?
午前中に先生に呼ばれて面接をした。最近は調子良さそうだね、と言われた。顔色も良く、笑顔が多い。それに、不調な時に貰う薬が減った。はい、というと、どうしてだと自分では思う?と聞かれた。この前、元彼の電話のおかげで大騒ぎを起こしてから、何か憑き物が落ちたような感じです。と、答えた。すると、私の禁止事項が減った。一人で外に行くこともOKで、間食禁止が無くなって自己管理になった。嬉しいが、複雑だ。信頼されてるんだよ、というプレッシャーを感じる。重い。
05/05 (日) 20:42
連鎖反応
今日は騒ぎが多い。GWでみんな外泊していて人が少ないというのに、あちこちで叫んだり、暴れたり、泣いたりしている。私も泣き叫んでしまいたい。だが、この前、やってしまってから、心は平穏でないでいる。奥底からの叫びが小さく聞こえて、表面の私にまで届かない。このまま退院したものか、もう少し考えて自分と対峙したものか迷っている。今日は面会者がきてくれた。遠路はるばる来てもらったのに私の外出許可が出ず、病棟内で一時間ほど話しただけだが、楽しい時間を過ごせた。彼には私が、もし死んだら知らせが行くように言った。お墓参り行きますよ、と言ってくれた。
05/04 (土) 19:42
戻る
病棟に戻ってきた。部屋がちゃんとカーテン有りの部屋に移っていた。嬉しい。これでやっといろんなトラブルから逃れられる。トラブルの原因達はGW帰省でいない。今日は病棟は静かだ。しかしまた、誰かが奇声をあげて、他の子がパニックを起こした。やはり、精神病棟だ。あ、また誰か叫んでる。
05/04 (土) 14:42
ACT
病棟には毎日午前中に「ACT」あくと、よいうものがある。心理カウンセラーの人がボランティアでやってくれる、「絵の時間」とか「習字の時間」とかそういうの。ばかばかしい気もするが暇なので、参加してみる。習字では、みな、見本通りに「未来」とか「元気」とか書いてるが、私独り、「深海」とか「闇」とか「Heaven or Hell?」とか書くのでカウンセラーは困った顔をする。絵でも、黒か白か赤しか使わない。そして大抵妙な絵を書く。テーマは「無人島に持ってく三つのもの」。みんなは、携帯とか本とか水とか音楽などを描くが、私は「黒い心」と使い古された日記と「真っ赤な血」とか描く。暗い心の反映なのね、なんて言われるが、私はそう見られたいからそう描くのかもしれない。ただ単にSOSを出して、誰かに助けてもらいたいから暗いものをわざと描いているのだろう。
05/04 (土) 13:21
こんな話
そう言えばこういうことがあった。みんなで(7,8人)で話してる時に、独りの女の子が駆け込んできて、「あたしのこと嫌いなんでしょう?はっきり言いなさいよ!死ねばいいと思ってるんでしょう?」と、そのなかの一人の子を名指しで呼んでわめきちらした。他の子は唖然ボウ然だったが、名指しされた子は冷静で、「ここにはパニック障害の子もいるの。大きな声出さないで」と言って、その子を無理やり引っ張って、ナースステーションに連れてった。わめきちらしてる子も力で負けて「触らないでよおおお」とか言ってたたが、その後、保護室行きになったようだ。こういう強い子もいる。
05/04 (土) 11:37
気の重い出来事
私が自宅に戻ったあと、友達二人が私がうざく思ってる18歳も女の子に対して、私の気持ちを言ったらしい。なんと余計なお世話だ。私が自宅へ緊急避難した意味が無いじゃないか。言えるくらいならこんなことしなかったのに。今日、病棟に戻って彼女になんと言えばいいの?どういう顔で会えばいいのかな?はあ・・・まったく。
05/04 (土) 01:58
生活めちゃくちゃ
病院から自宅に戻った途端、生活めちゃくちゃだ。ますます自分をコントロール出来なくなってる。病院てひとまかせな生活だから弱くなるのかな。もう出なくてはいけないのかも知れない。でも、見捨てられるのもコワイ。ああ、誰かあたしを止めて。
05/03 (金) 20:03
自宅にて
朝から調子悪かった。いつものように5時くらいに起きてしまって、ネットに繋ぐ。これが出来るから自宅はいいな。でも、何回も溜め込んだ薬を飲んだので、頭はぼーっとするし、昼前から両親が少し遠い公園に行こうと言うので着いていく。しかし、薬でぼにゃりの私には拷問のようにツライ。天気が良くて気持ちのいい日だったのに。あしたにはまた、病院に戻る。何も無い時間にネットに繋ぐことも、薬で眠り込むことも出来ない。現実逃避の場所は無いよ。コワイな。
05/02 (木) 19:00
弱いあたし
新しく同室に入った女の子の行動に振り回されて、自宅に緊急避難した私。ああああ。何も変わっちゃいない。また逃げた。人間関係なんて大嫌いだ。でも、他にどうすれば良かった?「話しかけないで」なんて言える?「そういう話し方はキライです」なんて言える?だから私は駄目なんだなあ。もっとうまい生き方があるだろう。なんのために入院までしてるんだよおおおおお。
05/01 (水) 21:31
私なりのキレ方。
キレタ。もうキレタ。同室の、のぶちゃんは逃げて他の部屋に移った。あたしは同じ過ちになりそうなので、カーテンのある部屋を希望した。残された。一人とあのこ…。明日の夕方から、あたしは自宅へ避難することにした…。
04/30 (火) 20:17
視線
まただ。視線恐怖に近い。今までは気にならなかったのに。今度、入ってきた同室の女の子の視線が気になる。私のやることなすこと全て口に出して言う。本読んでるの?着替えるの?風呂行くの?いちいち聞くな。こっち見るな。人の手紙、かってに持ってくるな。気になって寝ることさえ出来ない。一人になりたい。でも、どこにも行き場が無い。
04/29 (月) 19:47
病棟に戻る
病棟に戻ってきた。早々に先生に面接を申し込む。おり良くその場にいたので、すぐに話が出来た。私はやはりまだ退院出来ない。リバウンドで家中の甘い物を食べ尽くしてしまったこと、隠してる薬をたくさん飲んだことも話した。薬は捨てること、リバウンドが激しいので夕食後に一つだけ甘い物を食べてもいいことになった。先生、ナイス判断。過食はコワイ。イヤなのに、胃がぱんぱんなのに食べてしまう。私の場合、加えて氷を信じられない量をかじってしまう。一日2〜300個は下らないだろう。つくづく治りたいと思った外泊だった。本当に死ぬことを身近に感じた外泊だった。
04/29 (月) 05:42
?
やはり途中覚醒で目が覚める。
さあ、もう帰らなくっちゃ。あたしの「日常」へ。
病棟の中へ。
また誰にも気付かれなかった。
あたし、全然治ってないこと。
退院はどうしよう・・・。
このまま病院出ても何にも変わらない。
でも、これ以上金が無い。
仕事も待ってくれなくなるだろう。
でもあたし、「危痴害」のままだ。
自分をコントロールすることも出来ず、相変わらず死にたくって、過食が止まらなくって、氷ばかりぼりぼり噛んでる。病んでいる。
病棟には戻りたくないのに、家にもいれない。
さあ、どうすればいい?
と、先生は私に聞くだろう。
どうして、助けてはくれないの?
先生は私に考えさせるだけ。
04/28 (日) 21:07
??
今日は自由な日。病棟にもいない。何の約束も無い。
空はいい天気。
幼馴染四人組のうち、三人が集まってお台場にドライブに行った。
三人で歩いていると、ふとおかしくなって笑ってしまった。
危痴害みたいに笑ってしまった。
「何、笑ってんの?」
と友達が聞く。
「だって、この二人、危痴害と歩いてるんだもの!しかも、そんなことに誰も気付かないなんて、おかしいね!」
と、あたしは笑いながら答える。
二人はちっともおかしくないと言った。
あたしたちは人生の半分以上、一緒にいる。

本当は今日の夜、九時までに病棟に戻る約束をしていたのだけど、
最初からそんな気はなかった。
一日伸ばして、明日の昼までに帰ればいい。
ちゃんと病院にも電話をかけた。
04/27 (土) 18:42
そして「一時帰宅」
朝一に面接を申し込んでおいた。主治医が来るのを待って、すっきりした笑顔を見せて、背筋を伸ばした。
あれから、気持ちが落ち着いたこと、なんであんなに過去に拘ったのかわからないほどだ、今はもうすっくりしていることを伝えた。
主治医も安心したらしく、「じゃ、外出は許可しましょう。もちろん誰かと一緒にね」というので、「私、家に帰りたいんです。今日」と言うと渋った顔を見せた。「今の君をお母さんはいけとまられるかな?」「母は大丈夫です。よにかく一回帰りたいんです。退院のことなども父を交えて話したいし」というと、ようやく許可が出た。

そして、今ここにいる。自分の部屋の自分のPC。
04/27 (土) 18:39
何もする気が起きない。
明けて4/27<金曜日>。
「筋肉注射」のぼーっとするのが消えずに何回も「不安時」に飲む薬を貰いに行って、寝て過ごした。主治医は休みの日なので、いない。明日にでも、家に「一時帰宅」を頼むつもりだ。
04/27 (土) 18:30
母の面会
次の日から、家に「一時帰宅で一泊」帰ることになっていたが、当然取り消された。そのまま自殺でもしかねないからね。
夕方、仕事を終えてから母が面会に来た。
私が電話を切ったあと、すぐに「彼」は母にこういう電話があったので彼女の行動に気を付けて上げてください、という内容だったらしい。
それで、夕べ、私が泣き喚いているところに母から病院に電話が行ったのだ。まめな男だ。余計なお世話だ。
だが、実は例の「筋肉注射」のあとで、頭がぼーっとなっていて、母と何を話したのか覚えていない。
ただ、忘れろ、と言ったんだろう。
04/27 (土) 17:55
過去の忘れ物
日記が前後して申し訳ないのだが、このことは、きっと携帯からでは書ききれないと思って、飛ばした。
私は今、「一時帰宅」で家にいる。
PCからでないときっとうまくまとめられないと思ったし、気持ちの整理がつかないと思ったのだ。

4/24の午後七時過ぎ、夕ご飯も終わり、風呂にも入った。あとは日記をつけるだけだ。自分のノートに直接書いているうちに、ふと気になった。私も過去の最大の忘れ物「彼」のことだ。
私は「彼」のことをどう処理すればいいのか、他人にも聞いてみた。
同室の友人は荷物を送り返してしまえ、と言った。
同じく摂食障害チームで食事をしてる友人はそのまま忘れる、と言った。
主治医は全て葬り去りなさい、と言った。

しかし、私は誰の言うことも聞かず、電話をしてしまった。
「私のこと、誰だかわかる?」
「***か?」
「なんで黙って消えたの?」
そのあとはもう、涙が止まらずに、電話してもいい大ホールのすみっこで座り込み、泣きながら電話を続けた。
そのうち、友人が気付いてくれて、二人のぶちゃんとあいちゃんがティッシュをくれて、涙と鼻水を拭きながら電話した。
「どうして何も言わずに消えたのよ?」
「どうして何も連絡しようとすなかたの?」
「わかってるよ、うざいんでしょ?あたしが」
「今は精神病院に入院してる。その前はずっとひきこもりしてた」
「もう嫌なんだ。時計やカレンダーを見ながら、君からの電話を待ってるのは、もうたえられないんだ。言ってよ。あの時に言わなかった言葉を、今言って。”さよなら”って言って。そうすれば、あたしもうこんなうざいことしないから。憎まないから。恨まないから」

彼は「お前がこの先前を向いて生きていくと約束するのなら言うよ」と言った。
私は「私の”これから”は君には関係ない」と言った。
散々の押し問答のあげく、彼は言った。小さな遠い声で「さよなら」。
私は電話を黙って切った。しかし、泣き崩れ友人に抱えられながら、部屋に戻った。自分のベッドで声を上げて泣くと、しばらく独りにしておこう、と友人は去った。私は泣きながら、いつも持ち歩いてるバックを取って、財布と保険証と最初の頃溜め込んでた睡眠薬をつかんで部屋を出た。スタッフルームに、「私、今、家に帰ります!」泣きながら取り乱したパジャマ姿で言うものだから、唖然としただろう。
そのまま、出て行こうとする私をナースさんが、押さえ、気付いて駆け寄ってきた友人にも押さえ込まれた。しかし、泣き喚く私は止まらず、
大ホールは大騒ぎだったかもしれない。
とにかく、スタッフルームにいれられて、落ち着きを取り戻すために「筋肉注射」をされた。これは痛い。そして、無理に睡眠薬を飲ませられた。ナースさんは主治医に電話で連絡を取り、何故か母からも電話があったそうだ。

もうそのあとは、自分のベッドに「とのかく寝ろ!」とばかりに布団に入れられた。
04/27 (土) 04:43
いいこと
この病棟にきて、いいことを一つ見つけた。悪夢を見ないことだ。
04/23 (火) 20:47
春風
今日は初の外出許可が出た。おとついの自傷事件があったので駄目だろうと思いつつも先生に聞いてみたら許可が出た。条件は誰かと一緒であること、近辺であること。外だ。3週間振りの外。インスタントコーヒーを買いに行っただけだったが、10センチの窓の空気ではなく、本物の春風だった。午後にも散歩に行きたくて、申し出たが誰かと一緒ではなくては駄目とナースさんに言われた。だが、もう誰もいない。そんなこと頼めるくらいなら入院なんかしてないっつーの。じゃ、寝るから薬下さいと言ったら、ナースさんは困った顔をして、「じゃ私が一緒に行こう」と言って病院一周に付き合ってくれた。なんていい人なんだろう。裏庭にまわった時に、先生がご飯を食べてる後ろ姿が見えたので、ナースさんの制止も聞かず、窓をどんどんたたいて、満面の笑顔を見せた。後で先生が「あなたの笑顔を初めて見たよ」と言った。春風はいい。きっと今月中に退院出来るかも知れない。
04/22 (月) 20:57
キモチ
今日は好きなレクリエーションの習字だった。午前10時。ふと立った時に久々に脳味噌が回って貧血でぶったおれてしまった。不覚。安静を命じられ、せっかくの午前中の暇潰しが台無しだ。午後には同室の女の子が何かうなってた。朝から調子悪そうで、そっとしておこうと思った私がばかだった。彼女は血が止まらないほど、リストカットしていたのだ。すぐにナースコールを押したティッシュで溢れ出る血を拭き取り、彼女の頭を抱いた。ごめん、気付いてあげられなくてごめんね、と言い続けて泣いた。ナースさんがきて彼女を連れて行った。精神科なので慣れている。でも、あたしはショックだった。同じ部屋にいたのに。昨日のあたしの件も影響あったはずだ。連鎖反応だ。違う理由でも同じ痛みを感じていたのに。気付いてあげられなかった。なんてばかなあたし。鈍感で自分だけツライと思ってるばかやろう。
04/21 (日) 20:41
切る
本当に最低最悪な日だった。雨だし。外出られないから、いいんだけど、やっぱり気分は沈むものだ。病棟内ワックスかけのため、大掃除てんやわんやだし、何より私にはちゃんと働いてる人を見るのがツライ。昼過ぎには父母が見舞いにきた。日曜の恒例行事になってるようだ。そうすると父が午前中にあまり酒を飲まないからだ。あの人にとっては、私はまだ「かわいい娘」なのだろう。しかし、二人が帰った後、また激欝に見舞われた。寝逃げしようと思い、薬を貰ったが効かない。しばらくしてもう一度もらいが効かない。気分は最低だ。薬でふらつきながら、ナースさんのとこに行き、T字カミソリを借りた。眉を剃る、と言った。嘘だ。誰もいない部屋でカミソリを分解して左手を切りまくった。もう、あたしは駄目だ、死ぬべきだ。耳の下の動脈のあるところを切った。血がにじむ。あたしは死にたいのか?本当に?怖いのか?本当は?わからないわからないわからないわからない。床でもがいていたが、必死でナースコールを押した。すぐ駆けつけてきた。急いでスタッフルームに連れてかれ、泣きわめいて言い訳をしてる私がばかみたいだった。ばかだばかだばかだばかだ。
04/21 (日) 09:46
女の子
うちの精神科の女の子達はみなおしゃれだ。毎朝、光のいっぱい入る和室でみんなで化粧を念入りにして、マニキュア、ペディキュアを時間をかけてやっている。私は見てるか、日記を書いている。暗。みんなは外出OKなので、流行の服を買ってきては見せている。なぜ、精神病院でそんなにしゃれまくるのか。それは、男の子が目的ではなく、暇だし、おしゃれをしていれば、だるくても昼間寝に入らないからだ。ふうむ。なるほど。私にはそのキリョクはない。相変わらず死神服だ。たまに聞かれる。何でいつも黒い服なの?私は答える。色を選ぶのがめんどくさいのと、自分への喪服です。
04/19 (金) 01:59
言葉
人間、なかなか死ねるものではない。それはわかっているのだが、私の「死にたい」病は治らない。この前、ヒステリーを起こした子が母親をたたきながらわめいていた、一言が妙に忘れられない。「なんで私を生んだのよ!」
04/13 (土) 16:37
遺書
みんな忘れて。あたしのことなど忘れて。
04/12 (金) 13:29
昨日の夕方、母が来た。仕事が終わってから車で来るので、6時前くらいだった。薬でぼーっとしてたので心配していたが、先生とも話が出来たことを話すと、少し安心したようだ。腕の新しい傷にもすぐに気付いた。ずっと触れずにいたことを話した。前彼のことだ。両親も友人も、私が絶対触れないので、聞かずにいたことだ。母は忘れなさいと言う。でもね、ママ。恨んでしまうの。でもね、ママ。愛していたの。 もう一つ、前から聞きたかったことを聞いてみた。「なぜママは私のこと許してくれるの?」「..許すも許さないもないの。母親だもん。全て受け入れるわよ。」
04/12 (金) 09:21
傷とナイフ
昨日はかなり落ちた。午前中から、ちっとやばめな気はしてた。ぼーっとして大ホールでコップの水ぶちまけてしまった。午後、もうしょうがない程に気分が落ちたので薬を貰って寝に入った。しかし、すぐに目覚めてしまい、薬を追加。気分が落ちる一方で、預けていたナイフを「爪を切る」という名目で出してもらった。隠れてすぐに腕を切った。 tomoya君が話しかけてきたが、テーブルの下で切っていた。助けて。誰か助けて。そう思い続けてた。すると先生が私を見付けて呼んだ。ナイフを手の中に固く握って面接した。かなり迷ったが傷とナイフのことを言った。もちろん没収。もちろん外出禁止。でも、話をきちんと聞いてくれた。が、情緒不安定がひどくなり、初めて筋肉注射をした。効きは遅かったが落ち着いた。
04/11 (木) 13:50
病棟生活:2
21時消灯だが、22時までは大ホールで男女みんな仲間で、ゲームしたり喋ったりしている。夜は眠れないと薬はいくらでも追加してくれる。檻もなく拘束もない。新しく綺麗でナースさんたちも親切で優しい。泣きたいときは泣かせてくれる。いい精神病院だ。出られるか不安になるほどだ。
04/11 (木) 13:44
病棟生活
ここでの生活は規則正しい。今までの私の生活とは程遠い。午前中はレクリエーションがある。絵や習字、座談会などだ。普通の病院と違って回診は無い。先生と話す時は面接を申し込む。だいたいその日には会ってくれる。この病院は開放病棟なので、許可さえ出れば出入り自由で面会もいつでもOKだ。しかし、入院して一週間は外に出られず、面会も制限される。家族はいいが、友人などは午後に5分以内。私は入院して一週間過ぎたが、外出許可は出なかった。自分でも何をするか、予測がつかないからだ。しかも食事制限あるし。
04/11 (木) 05:28
覚醒
睡眠薬を飲んでも、夜中明け方問わず、目が覚める。そのたびに薬を追加してもらう。効いてくるまでの間、重苦しい黒いモノが襲ってきて、私を苦しめる。過去に置き去りにしてきた自分。お前はどうして消えていかない?墓場で朽ちていく私を引きづりだすのはやめろ。
04/09 (火) 15:57
4/9 午後の叫び
死にたい。 死にたい。 もう死んでしまいたい。 なぜあたしはこうなんだ。 理由がないのに。 「シアワセ」なはずなのに。 死にたい。 死にたいをだ。 助けて。
04/09 (火) 09:07
4/8 昨日分
昨日は暇なくてここ書けなかった。午前中はレクリエーションタイムで習字をやっていた。「闇心」とか「虚空」とかこの日記のタイトルとかを書いてたら、スタッフさんに困った顔をされた。午後は、ここでの友人に誘われて音楽室でカラオケ。...楽しい半分、かなり無理もしたので、その後抗不安薬もらって眠った。 先生との面接もあった。「死にたい病」が頻繁に出ることを言ったら、「死にたいという気持があるということは生きている証拠でしょう」と言われた。まあ、そうだけど..。答えは自分の中にしかない。 でも苦しい。見ないふりをしてきた過去の傷をえぐるのは。
04/08 (月) 02:01
真夜中に。
日曜なので、父母が面会に来た。足りなかったものを持ってきてくれた。オカシ禁止なので他なし。… 今日は珍しく元気がよかったが、夜に欝入ってしまった。 アホな「死にたい病」だ。眠れないい。
04/07 (日) 04:34
どうすればいい?
薬増やしてもらったが、またもや途中覚醒。なんなんだ、あたしは。喫煙室でメルやったら、スタッフさんに注意されてしまった。 今はフトンのなかに隠れて書き込み。
04/06 (土) 20:35
意味
ここにいる意味って何だろう。毎日診察を受けられるわけでもなく、ツラクなれば薬をもらう。集団生活をして、同じような傷を持った者同士で友人になる。規則正しい生活。食事。いつでもツライと言ってもいい看護婦さんがいる。いい環境だと思う。しかし、それで私は生きたいと思うようになるのだろうか。そんなことを一人で部屋で考えてると自傷をしたくなるが、ナイフは無い。気がつくとベッドのパイプに頭をぶつけつづけていた。やはりどこにいても私はバカだ。生きる意味も価値も自身で見付けるしか無い。誰も助けてはくれないのだ。
04/06 (土) 05:21
明け方
やはり眠りが浅く、何度も目覚める。そのたびに睡眠薬を出してもらうが、あまりきかない。 明け方の月はキレイだ。清浄で、すこし明るくなった空に控えめに輝いている。 今の私とは違いすぎて涙が出そうになる。
04/05 (金) 21:15
一日中欝だった。ここでは無理に笑ったり、大丈夫だよ、と言ったりしなくていいから楽だが、落ち込むと、とめどなく落ちる。睡眠薬は昼間は出ないので、抗不安薬を出してもらう。あまり効かないが、うとうとは出来た。 睡眠薬がほしい。意識が無くしたい。 自分と対峙しつづけるのは苦しい。 外出どころか病棟からも出られない私は、開かない窓から春の柔らかい青い空を眺めるしかない。
04/05 (金) 03:59
不眠
どうしても眠れない。何度か追加の薬を貰うが駄目だ。もっと強いのをくれ。 嫌なことばかり思い出す。過去は殺したはずなのに。 未来を思って絶望する。あたしに未来などないのに。
04/04 (木) 21:26
面会
入院二日目にして面会に来てくれた人がいる。ネットで知り合った人だ。東北の人だが、どこかに行くついでに寄ってくれたのだ。物好きな。でも嬉しかった。おみやげのお菓子と本をくれた。私は食事制限をされているので、お菓子は食べられないが、心づかいが嬉しいものだ。家族以外の人の面会は5分以内と言われていたが、20分くらいは話せた。いつかまた会ってみたい。夕方には母が来てくれた。頼んでおいたコーヒーと私が友人の鞄に紛れ込ませた保険証を持ってきてくれたのだ。間食は駄目だと言われていることを知ってるのに、私の超甘いモノ好きを知ってるので、おかしを持ってきていた。 それで初めて言った。私が摂食障害だということを。母に隠れて、ものすごい過食をしていたことを。 母はショックを受けた顔をした。 また言う。 こんな娘でごめんなさい。
04/04 (木) 04:44
やはり。
眠れない。ロヒ1錠でねむれるもんかい。 追加で、ロヒ1もらったが、やはり駄目だ。更にベンザリン2錠追加。仕方ないので、あきらめた。同室の、のぶちゃんも眠れない様子なので、タバコを吸いに行った。他にも廊下をハイカイしている人は多い。やはり、みな不眠の人はたくさんいるようだ。
04/03 (水) 20:13
なんでこんなことになったんだろう。
入院初日。母と車で行った。午前中は手続きやら説明やらで忙しかったが午後はもうやることはない。家ならばネットか薬で寝逃げするところだが、病院では昼間は薬はでない。音楽をイヤホンで聞きながらベッドに倒れ込んでいたが、そうすると過去のツライことばかり思い出して、泣いてしまった。自分のことで泣いたのは何ヶ月ぶりだろう。自分でも信じられなかった。泣いていることが。いいことなのだろうか。感情が戻ったのか。しかしツライ。
04/03 (水) 08:14
今日。
大きなバッグ二つの荷物を持って、これから行って来ます。
コワイです。
03/30 (土) 16:17
この場所
これから一か月ほど、PCから離れて暮らすことになるので、携帯からアクセス出来る日記をつけてみた。 誰に語るでもない自分への危痴害病棟実況中継。
03/30 (土) 15:53
遂に。
今日、病院で入院が決定した。
もちろん精神病院。
ベッドが空く来週始め頃に入院する。
少しホッとした。
これで自分を殺さなくて済むかもしれない。