un homme a la mer

危痴害病棟入院実況中継日記 part2
<<ホームページへ戻る


2003/01/25
今日、退院した。
母が朝九時に迎えに来てくれて、会計をすましているあいだに、私の荷物、バック3個と紙袋4個。出口付近に運んだ。みんな手伝ってくれて、本当に大勢の人に見送られて退院した。ありがとう、みんな。みんなが居てくれたから、私は存在し続けることが出来た。
これで危痴害病棟日記は終了。
また「日常」のなかに埋没していく。私の人生。
サヨナラ、危痴害病棟。



2003/01/23
退院の日にちは決まったけど、どうにも落ち着かない。家にひきこもるのは目にもあきらか。社会からつまはじきになってしまうのは仕方ない。私のほうから先におさらばしよう、としたんだもの。いまさら、やっぱりいれてというのは都合よすぎるでしょう。



2003/01/22
退院が決まった。



2003/01/15
退院するのが怖くなってきた。ここを出たらどうすればいいのか、全くわからない。人間は何かしなくてはならない生き物。ああ、死にたくなってきた。



2003/01/13
家に外泊して県内の白鳥の集まるという田んぼを両親に連れられて見に行った。
泥にまみれても白鳥。
私はこれからどんな景色を見て行くのだろう。
どのくらいの風景を見れば解放されるのだろう。



2003/01/09
私の世界はまっくらやみだ。無感情無意識。困ったりすることはあっても怒ることがない。楽しいことも見つけられない。私は自ら絶望の闇にいる。わかってる。でも仕方ないんだ。希望の光はまだ見えない。叫びたい。あたしはここにいるのよ。でも現実には理性がそれを止める。



2003/01/05
じつは髪を金髪にした。先月のなかばくらいに。かなり長くなっていたので、美容師さんは、いやだなあと思っていただろう。先月は私にしてみると、忙しい遊びの予定があったので、せめて髪色だけ派手にしてみた。しかし、髪の伸びが早いらしく、髪はもうプリン状態。まあ、どーでもいいや。



2003/01/03
今日の夕方、病棟に戻ってきた。雪の中、父と母に送ってもらった。ありがとう、パパママ。まだ病棟は人が少ない。家にいる間、風邪をひいて寝続けていた私には、集団生活の感覚がまだ取り戻せないでいる。違和感を感じている。今月中には退院しなくてはならない。いつまでも、夢の中にはいられないんだ。



2002/12/31
病棟から家に戻り、二日間さなぎのように眠っていた。
ありとあらゆる夢を見た。
砂上の楼閣。つわものどもの夢の跡。
砂の上に私はいた。崩れかけた洋館が砂に埋もれていく。
でも、壊れかけたものはまだ生きている。
遠くで波がざわめいて水色がきらめく。
新しい時代の人々はサーフィンをしようと海にやってくる。
駄目よ。
この海はまだ。
生身の人間が入るにはまだ冷たすぎる。
砂の中から、電話の音がしている。
待って。今、今出るから。
誰かが私を呼んでいるのね?
まだ、私を呼ぶ人がいるのね。



2002/12/27
暇ではあるが、どこにも行く気もなし。日中は、まったりした日だった。もう年末年始の外泊はもう出てしまって、人が少ない。そういう日こそ、何かおこる…。まず、ある女の子が電話にどなっていた。それに、私達よりずっと、大きな声に怯える人がいるのだ。パニック障害の人やPTSDの人だ。三人たおれた。
2002/12/25
危痴害にだって、クリスマスを楽しむ権利を持ってもいいじゃない?
幼馴染4人でパーティをやって、自分達で作った料理とお菓子。
プレゼント交換に仮装パーティ。

終わった後の空しさ。
また病棟に戻るのさ。



2002/12/22
朝から死にたい。強烈に死にたい。死神が背中に張ついて離れない。苦しい。叫びだしそうだ。下らない理性が、それを抑えこんでいる。もう、私のことはほっといて。



2002/12/17
疲れた。
とにかく疲れた。
昨日、入院仲間3人で病院には内緒でTDLに行ってきた。
なんか、派手な遊びをしたかったんだ。
普通の人々と同じように年末とか冬を感じて遊びたかったんだ。
でも、やっぱり、私たちには体力無くて・・・。
いいさ。生きていれば、また何か出来るはずだよね。生きてさえいれば。



2002/12/14
いい天気。私の欝モードも、とんじゃうな。年末は、私にしては、やることいっぱいだ。こんなことになるなら、退院しとくべきだったかも…。今のところ、退院する状態じゃないけど。



2002/12/10
逃げてることはわかってる。この病棟にいれば、守られてる。世界に出ようとすれば、また絶望することは見えている。怖い?そう、もう何処にも行きたくない。誰も私を傷つけない、私が誰も傷つけない場所など何処にもないんだ。鳥籠にいる私を何処にも連れ出さないで。今はここにいさせて。もう何も考えたくないんだ。何も感じたくないんだ。この心臓が、この脳が動きを止めるまで。



2002/12/01
欝で何もする気がでない。死にたい。



2002/11/28
なんで人は人を憎むのだろう。どういうきっかけで、どういう経路をたどって、嫌いになる?そんな醜い感情など見たくないというのに。マイナス思考はやはり、醜いものしか見えなくしてしまうのかな。そんなことを考えてると死にたくなる。



2002/11/27
今日はいつもの3人MちゃんとTくん。公園で飲み会をした。私はほとんど飲めないに近いので、マリービスケットを、ぼりぼり食べていた。あとの二人は缶チューハイ2本ずつ楽に飲んでた。うらやましー。今日は顔にそんな出なかったつもりだったんだけど、病棟に戻って煙草吸ってると、通りかかったTRが、ずいっと入って来て「飲んだだろ?」と詰め寄られた。今頃になって、顔にというか体全部が火をふきそうに熱い。とにかく風呂に入って、湯上がりということにしよう、と意見は一致した。出てからはDAKARAをががぶ飲みしなさい、と言われた。今やっと抜けてきたが、ひじょーに眠い。何度でも言うが、飲める人がうらやましー。というか、おとなしく入院してろってかんじ?



2002/11/25
何もしたくない病が出てしばらく日記をサボってしまった。
気分を変えるために自宅へ一泊で戻っている。
今日の夕方にまた母に送ってもらって病棟に帰る。
眠れない、と言いすぎたのか、最強の睡眠薬を処方してもらっているので、
朝までぐっすり眠れるかわりに、一日中眠い。
眠くてだるくてかったるい。
また眠剤変えてもらおうかな。
そろそろ集団生活に疲れてきた。
朝に一回ナースステーションに主治医がいたので、今月いっぱいで退院してもいいですか?と聞いたら、「あなたは今調子が悪い。そういうときに先のことを考えても駄目です。」と言われてしまった。
あうあう。クリスマス前には出るようにしなくちゃ・・・。



2002/11/19
欝の虫がでた。
欝。 
欝。
虫。
虫。
欝の虫。
午後から出かけるはずだったが、いつのまにか人数増えてたので、私ぐらいいなくてもいいかなーなんて怠け心が顔を出してドタキャンしてしまった。どうにも欝っぽい。見たくないものまでみてしまう。死神はどこ?
2002/11/18
今日も朝から欝になりそうだったが、Mちゃんがバトミントンをやりたいと以前からの願いだったので、裏庭でついにやった。風のない暖かい秋空の晴れ渡った日。何も考えたり悩んだりしなくていい時間。まさに人生のロングバケーション。



2002/11/17
欝だ。何もしたくない。何も考えたくない。今日は肌寒い冬の空みたいで気がめいる。一日中寝ていた。父と母が面会に来てくれて、頼んでいた生活洋品を買ってきてくれて、私の好きなヨーグルトを買ってきてくれた。こんな娘でも優しくしてくれる両親がありがたい。ちょっと前に両親に詫び状のような手紙を書いて、父が私にその返事をくれた。いくつになっても子供は子供なのだ、何も考えずに親の元に帰っておいで。というような内容だった。私は恵まれている。理解してくれようとしている。でもね、パパ。私の心がおかしくなった原因はあなたにもあるの。そのことを話しても私に優しくしてくれる?



2002/11/16
今日、主治医と面接したときに言われたことが妙に残った。私の病状は「自我神話的」というそうだ。「死にたい」という自分がいてこそ自分である。自己のアイデンティティが「死」の名のもとになりたっている。それが無くなれば、もう自分じゃない、ということだ。死にたくない自分はもうすでに自分ではないのだ。



2002/11/15
村上春樹の本の主人公風に言うならば「やれやれ」だ。今日は疲れ切っていて、ほとんど一日寝てた。今、夜の九時だがマジ眠い。寝ればいいんだけど、なんとなく時間がもったいない気がして、起きている。あと30分ほどだけどね。



2002/11/15
昨日は大騒ぎで日記どころか、風呂にも入れなかった。詳しい経緯は書けないけど、考えたことだけ。人を憎む心はどこで覚えるのだろう。私は今、無感情で心が壊れたおもちゃのようだが、その瓦礫のなかに、やはり潜んでいるのだろうか。誰かを真剣に憎む。真剣に愛せない私には、もう失われたものなのだろうか。何もかもいいことも悪いことも、諦感しきってしまってる私には与えられないものなのか。

2002/11/12
昨日はふらふらで帰ってきて、着替えて爆睡。
昼の二時まで眠剤無しで眠れた。
もう退院してもいいくらい、元気じゃないか。
でも、頭に巣くってる死神は消えない。
これ、消えるまで入院してなきゃいけないの?
閉じ込められて、守られ続けなきゃいけないのかな。
さあ、病棟に戻る準備をしなくちゃね。
ため息。



2002/11/11
今日は私の誕生日。
いつもの幼馴染4人で東京ディズニーシーに行ってきた。
今年の誕生日は迎えないことにしたくせに、いざ誕生日となると楽しいことしたくなる矛盾。まあいっか。
今日は何もかも忘れて遊ぶんだ。
入院前に映画館で倒れてしまったので、内心びくびくしていたが、なんとか最後の花火のフィナーレまで見られた。
幼馴染万歳。
こんな私にもこんなにいい友達を持ってる。
なんて幸せ者だ。



2002/11/10
先生、いないから帰ってきちゃった。もう知らないもんねー。
でも、昼前に母が迎えに来てくれて、食事して帰ると爆睡してしまった。
普段、眠れないのに、自宅だと緊張の糸がとけて眠ってしまう。
これも薬の副作用かなあ。嫌だなあ。せっかくの誕生日は明日なのに、眠くなっちゃうなんてさ。でも、精神薬は続けて飲まないと意味ないんだよなー。



2002/11/09
昨日も今日も寝っぱなし。食後薬を変えてもらってから、やたら眠くて仕方ない。やれやれ、また副作用かよ。昨日の午後は面会に前に入院してた人が来て会っていたが、とにかく眠かった。今日もご飯の時に起こされるだけで、あとは寝てばっかり。今日、先生と面談があるはずだったが、私も先生も忘れたらしい。まあいいけど。明日から、二泊三日で家に戻るか、このところ欝状態が悪いので見送るか、という判断をする日だったのだ。別にいいもん。かってに帰っちゃうもん。



2002/11/08
また歩いて駅周辺の街まで行った。1時間弱かな。閉じ籠りがちな入院生活。運動しなくちゃね。この二日間程、激欝の嵐だった。だから、今度の誕生日に外泊で戻ることは許可しない、と先生に言われた。もっと欝になっちまうよ、先生。というわけで、誰にも会いたくない、どこにも行きたくない。でも、少しでも欝から抜けようとして、無理に出かけた。でもやっぱり、それが正解。外の世界にでて歩くんだ。空をみあげて歩くんだ。



2002/11/06
激欝。寝てた。六時前にママが来て起こされた。薬とワイン飲んでたから、ぼけぼけだった。早く家に帰りたい。



2002/11/05
ここんとこ、薬のせいでラリ気味だったMちゃんが完全復活した。午後に散歩がてらに買い物。とにかく閉じ籠らないで外に出よう。歩け歩け。飲み物を買うついでにワインまで買って、近くの公園で少し飲んだ。私は弱いのわかってるから、一口二口しか飲めない。Mちゃんは多少飲むとは聞いてたが、ワインのフルボトル1本開けてしまった。唖然..。べろべろに酔っぱらってしまい、まいった、まいった。病棟にもどると、周りの人々は「どうしたの?」と、当然聞いてくる。まさかワイン一本飲んじゃッて、とは言えないので、テキトーに言い訳した。彼女のイライラモードが発散されてるといいけど…。



2002/11/04
愛って何ですか?
嘘って何ですか?
生きることって何ですか?
死んではいけないって誰が決めたんでしょうね。人を嫌いになるってどういう気持ですか?人を好きになるってどんな感じですか?
私にはわからない。
誰もわかってないに違いない。
でも、そんなこと人々は見ないふりして生きていくんだろう。
そうでなければ、過去など重くて歩けないから。
崩れ落ちて二度と立ち上がれないから。



2002/11/03
人生って素晴らしい?昨日、主治医に言われた言葉がひっかかる。それを聞いた時、言葉をなくした。一瞬今までの人生がまさに走馬灯のように頭の中を駆け巡った。どんなときに、私は素晴らしい人生だと感じてきたのだろう。でも思い出せなくて。でもいっぱいあったような気もして。頭が混乱して、腕を切りたくなった。また「早く死ななくては」と焦燥感に駈られて、自分を傷付けて、こんな思いから気をそらそうと思った。でもそれは異常なこと。それはいけないこと。嘘吐きは死ねばいい。私は二度と嘘吐きになりたくない。



2002/11/02
主治医と面談があった。眠剤を増やしてほしい、と言った。あなたのことは信用するが、薬に関することは信用出来ない、と言われた。全くその通り。自分でも信用出来ない。効きが倍の効果にするよいに酒飲んでるし。でも、入院前の私と違って明るくフルマウことが出来る。先生は、人生って素晴らしいだろう?と聞かれて、反応出来なかった。


2002/11/02
坂の上の商店街に5人ほどで買い出しがてら散歩。逆?欝状態の時には考えもしなかった、「おしゃれ」と名がつくものを買った。マニキュア。しかし黒。やはり黒。無精して切ってなかった長い爪を形を整えて、服も真っ黒、爪も真っ黒。外に出ることも少ないので、ますます白い顔。まさに死神だ。私の心も真っ暗闇だが、病棟に閉じ込められてると、嫌でも人と話す必要がある。だから、気が紛れて普通に他人と接触することが出来るようになった。新しい友人も出来たし、その他大勢の人とも軽口をたたくこともできる。でも、ここは仮想現実世界。本当の世界ではない。私は黒い世界だけでなく、世界とリンクさせることが出来る部分が出来つつあるのだ。しかし、私は世界を否定し、捨てて逃げようとした。だから、世界は私を拒否し、戻ることも許さない。



2002/11/01
10/30の日記は何言ってるのか、さっぱり不明。入力した覚えなし。うーむ。
10/31は自宅へ戻った。一泊で外泊。実は薬をもらって出るのを忘れてしまい、病院に連絡したが、「戻って来てください」と言われたが無視。もう引き返すにはかなり行ってしまったので。一日くらい、薬免除してください。家だと眠れるからだいじょーぶです。
そして、今日は朝から免許更新に行ってきた。
ゴールドなので5年も持つから、一応化粧していったが、出来上がった新しい免許を見ると、もろ寝起きな顔でぼんやりしてる。ちょっと目がイッちゃってます。
それから、駅周辺に戻って長袖の服を買い込んで、母と食事した。
こうしてるとまともなのに、どうして精神病院入院するようなはめになっちゃうんでしょうね?
誰だって大きいか小さいかわからんが、悩みや深刻なトラブルは抱えて生きてるはずなのに。どうして、私は閉じ込められてないといけないんだろう?どうしてこんなことになったんだろうね?
退院のことにしても、今はかなり精神状態が安定してるから退院してもいいくらいだけど、きっとまたおかしくなるに決まってる。死にたくなるに決まってる。
安定した未来など考えられない。
不安がなくなったら退院すればいい、と先生は言う。が、不安の無い人間などいるか?もう大丈夫です、なんて嘘に決まってる。
じゃ、本当にいつ退院すればいいんでしょうかね?先生。



2002/10/30
坂の上の商店街まで、買い物をした。精神薬は喉がかわく。体力無いから余計つらい。せれでもいいから、飲みものがつい甘いものが、ほくしなる。眠剤もらたから飲み物だけ



2002/10/29
部屋が移動になった。入院当初から、カーテン部屋希望だったので、やっと空いて移動出来たのだ。実はそこで一悶着あったらしいが、まあ、私には直接関係はなく、なんとか解決したようだ。でも、部屋移動したからには、しばらくおとなしくして「退院」したいとは言いにくくなってしまった。それから、絶対に太った。ジーンズがきついもん。でも、体力つけようって決心したんだから、太らなくちゃ駄目なようだ。痩せたままでいると、全く体力がついてこないから。でも、なんか情緒不安定になってて、夕飯もあまり食べられなかった。小さいことを気にしすぎなんだな。神経質になってる。イライラする。こういう日は早く寝よう。あああ。退院したい。



2002/10/29
早朝覚醒で目が覚めてしまう。もう眠剤はもらわない。こうして、文章を考えたり、メールや日記、そして久しぶりに誰かに手紙を書いたりする。字を書くのがすきだ。私が存在してる、確かにいると確認してるんだ。



2002/10/28
私は近辺共同外出しか許されていないが、今日は駅付近まで行ってデパートなどを見てまわった。ばれたら「外禁」をくらう。4人で行動するので、途中で二手に別れて、それぞれの買い物に行った。私はいっこちゃんとLoftに便箋セットを買いに行った。それから戻って駅近辺でコーヒーでも安く飲めるドトールのようなものを探したが、無いのでマックで妥協した。かなりまったりと二人で煙草をふかしてたが、連絡がこない。電話して、合流して、メグちゃんのカラーコンタクトをみんなで選んだ。私もやってみたいが、目に何かをいれるという行為が怖い。考えてみると、何かしら精神に異常を抱えてる人間が普通の現実世界を歩いてると思うと、ちょっと笑える。世界なんてこんなものかも知れない。そうだ、みんなおかしい。



2002/10/27
今日こそ、平和な一日だった。午前中に背後に欝の気配を感じたので、ナースさんにレボトミンもらって飲んで、買っておいたワインも飲んで寝逃げした。昼にメグちゃんが起こしにきてくれた。昼過ぎから散歩。畑ばかりの田園のなかを二人で毒舌ジョークを飛ばしながら、歩いた。帰りにはコンビニに寄って、私は間食禁止なのだが、欝から抜ける手段として、甘い物を買ってしまった。一度主治医に言われたことがある。「あなたが意思薄弱なのはわかってます」



2002/10/26
手持ちの自分の飲み物が無くなったので、雨の中散歩&買い物。ペットボトルでたくさんと、とうとうワインを買いこんでしまった。だって、眠剤いくら強くしてもらっても、必ず目が覚めるんだもん。後は酒しかないでしょう。もちろん、ばれたら強制退院さ。いいよ、もう別に。どっちでも。退院すべきか、あと一ヶ月いるべきか、私にはわからない。判断できない。家に帰っても、すぐに生活は崩れるだろうし、病院にいても、心までは治せない。もうどうでもいいや。決められない。もうすべて怖い。もうすべて投げ出したい。自我など無くなればいい。



2002/10/25
昨日は結局、メグちゃんは起きられなかった。昼になんとかぼそぼそと話が出来る程度になった。鎮静剤が効きすぎているのだ。夕方には、私は初の家に外泊の日だったので、ちらっと寝顔だけ見て家に戻ってきた。とにかくいろんなことがストレスになっていたようで、久しぶりに過食をしてしまった。そして何も考えずに何もすることなく眠った。家に戻った途端に不眠は治り、一度も目覚めなく、朝に起こされた。朝ご飯食べて、また眠った。昼に起きてまた眠る。夕方には母が危痴害病棟まで送ってくれる。
私はそこで何を学べるだろう?
何を得るのだろう?
意味はあるのかな?
退院しても、だらけた生活に戻るだけだ。
どうしたらいいのだろう?
答えなんか無い。
自分のことは自分で考えなくちゃならない。



2002/10/24
目覚めて。あたしの眠り姫。昨日、つらさ、苦しさに負けて手首切っちゃったんだよね。癒せなくても、気付いてあげられてよかった。君の苦しさをあたしにちょうだい。代わりに、あたしが何倍も苦しんであげるから。救えないけど、約束通り共に崩れ落ちよう。だから、早く目覚めて。そのまま逝かないで、たった一人で。


2002/10/23
今日はよく歩いた。病棟から駅まで1時間くらい、歩いた。あっち行ったり、こっち寄ったりしつつ。運動不足なので、かなりきつかったけど、なんとか他の3人に着いて行った。このところ、食事も食べられてるし、治ったような錯覚をおぼえる。



2002/10/22
騒がしい日だったな。夕方に「ぎゃああああ」と声があがった。私は部屋にいたが、メグちゃんは確かホールにいた、と思ったから急いで探しに行った。案の上、小ホールのすみっこで震えてた。大丈夫、と言いつつ抱き締めた。その場は収まったが、夕食後に今度は更に倍の叫び声があがった。しかも、押さえ込まれて上半身裸で叫んでた。いつもはおとなしい子なのだ。5階から飛び降り自殺をしようとして、木に引っ掛かって助かったらしく、いつも杖をついている。その子がキレた。ブチキレた。ものすごいキレ方だ。私の友達のメグちゃんはもう抱きしめるだけじゃ駄目で、イスから崩れおちてしまった。それでも抱いていたが、私たちの主治医がいたので、来てもらって渡した。ホントは一緒にいたかったけど仕方ない。私も患者なんだもの。



2002/10/21
引き続き欝だ。でも、何度も約束を破るのはいけないし、返って外に出たほうがいいかも知れないと思い、午前中に坂の上まで買い物に行った。結構よく歩いた。精神薬のせいで、すぐに喉が乾いて不快だ。帰ってきて、すぐ眠り込んでしまった。またお昼に起こしてもらって無意識に食べて、編み物をしようとしてみたが、眠くて結局寝てしまった。夕ご飯も起こされて無意識に食べた。どうも深く長く眠る薬は私には合わないようなので、先生に言って変えてもらうことにした。欝状態だと何も出来ない。



2002/10/20
今日は坂の上の町に行くことになっていた。午前中編み物をしていたら、急に眠くなって寝てしまった。お昼ご飯にメグちゃんが起こしに来てくれた。まるで食欲がなくて半分も食べられなかった。急激に欝に見舞われて、編み物しながら、みんなと買い物行くのが億劫になってきた。気分は落ちるし、口を聞くことすら出来なかった。だから、迷惑にならないように、メグちゃんに「ごめん、欝になっちゃった。出かけるのやめるね、やっぱり」と正直に言った。むっとしたような顔をしたが、「うん、でもこの前みたいのは駄目だよ。約束だからね」と怒ったのではなく、心配してくれたのだ。この前、私が何も言わずに腕を切っていたから。うん、約束する、ありがと、ごめんね。と言って見送って、気分を上げるために一階の自販機でチョコ味のコーヒーを買って飲んだ。タバコ吸って少し話して寝た。欝だ。欝の暗雲だ。



2002/10/19
今日は母が来た。私が昨日トラブルを起こしたのせいで外出禁止になったので、昼すぎてから来た。頼んでたものを持ってきてくれた。それから和室で、編み物の仕上げをしてもらった。目的なく、ただ編んでたものがポーチになった。さすがママ。その合間に母はコンビニのおにぎりを食べていた。一応出来たところで、大ホールに移動した。次の暇潰しのマフラーの始めの目だけ作ってもらった。そんな作業をしつつ、私の病気のことや、過去からのトラウマについて話した。普段は触れない腫れ物。母と話してるうちに泣けてしまった。初めて痛い傷について。帰り際、私は言った。「あたし、これから感情抑えこむのやめるの。泣きたい時は泣くんだ。」それでいい、と言ってくれた。



2002/10/19
昨日、カミソリ騒ぎを起こしてしまったが、午後は面会に来てくれた人がいた。ついこの間、退院した人で隣のベッドにいたミホコさんだ。三時間半も話した。最初はメグちゃんと三人でいたが、途中でメグちゃんが薬の影響で眠くなってしまって寝に行ってしまった。私たち二人のために、わざわざ見舞いに来て、話をしにきてくれた。彼女は家族からの「避難入院」だったので、通院はしないようだ。ミホコさんはミホコさんでいろいろ大変なことを抱えてるのに。どうしても、私達二人に伝えたい言葉がある、と来てくれたのだ。メグちゃんは途中でダウンしたが、私は最後まで話をして、そして聞いた。「出会い」とは人生の中でなんと大切なのだろう。ふとした瞬間に、ふと救われることがある。



2002/10/18
欝の暗雲が立ち込めていた。後ろに気配を感じる。午前中、小ホールで編み物をしているとやってきた。欝だ。ちょうど眠くなったし、寝てしまおうと思って、寝逃げした。病院のレクで楽器を使う日だったので、出たかったが欝にはまってしまって、せっかく誘いにきてくれたメグちゃんに悪いことしてしまった。目覚めると11時過ぎだった。欝の暗雲はまだ去らず、ナースさんに薬をもらって、音楽室にいるメグちゃんに謝った。みんな楽しそうだったので、すぐに出た。欝は感染するからだ。女子病棟の和室に行ったが、みなビーズに夢中で私が一人紛れこんでも誰も気にしないと思った。でも、よく話すタカコさんは気づいたようだったので、去ることにした。欝は私をりょうがして、スタッフに預けてあるカミソリを受けだして洗面所で鏡の前で腕を切っていた。そこへさっきの私に不安を覚えたメグちゃんが現れて泣いて怒った。何かあるなら言ってって言ったじゃん、と言って泣いた。タカコさんも来てくれた。私を部屋に連れていって、ナースコールを押してくれた。ナースさんはスタッフルームで手当をしてくれ、理由を聞いてくれた。突然欝になったこと、嫌な夢を繰り返し見ることを言った。最近、パパが死ぬ夢を見るのだ。それで死にたくなってしまうのだ。それを抑えこめるために腕を切って、心の痛みを体の痛みに変えてごまかすの。これからは切る前に苦しいことは言ってね、と言われた。言えるくらいなら切らないもん。口に出せない苦しみってある。私みたいなキチガイは衝動的発作を起こして前後を考えずやってしまうんだ。おかげで明日ママと外出する予定が無しになった。問題行動を起こすと外出禁止をくらうのだ。じごうじとく。



2002/10/18
とにかく食べることにした。私の「死にたい病」は治らないだろう。でも、生きなければならない。大切な人々のために苦しくても、もがいてあがいて生きなければならないんだ。食べ物を食べて散歩でいいから動いて体力をつけるんだ。そしたらきっと心もついてくるだろう。これも、メグちゃんからの感化されたことなんだ。人生の中の「出会い」とは、なんて重要なんだろう。一人で部屋にこもっていたら、こんなふうに思えなかった。ありがとう、メグちゃん。食べるのだ。生きるのだ。



2002/10/17
昨日の夜、食事が出来ないことで悩んで、生きるこって何だろう、という抽象的な話題に変えて、友だちになった男の子に聞いてみた。二人の世界観は似てるが、表現方法が違うので、なかなか話が噛み合わないんだけど、人の違う世界への認識方法を聞くのは面白い。その後、私の隣にテルが座った。私たちの会話を聞いているのかと思いきや、いきなり「あたし、今死ぬ」と言い出した。死神がテルを捕まえてしまったようだ。手を握って理由を聞いてみたり、卑怯な手だが、あんたの周りの人に悲しみと苦しみを撒き散らして行くつもりなのかと逝ってしまうつもりなのかとも言ってみた。彼女はもう何も聞いてない。「死ぬんだ」を繰り返すばかり。私にはもう無理だと思った。だって私も死にたいんだもん。どうしてとめられる?でも、ナースには渡すのは嫌だった。どうせキンチューして薬飲ませて無理に眠らせるだけだ。彼女の担当医が夜勤でいるから、連れて行こうとしてたたせた。彼女は素直に従った。やはり、テルは助けてほしいんだ、と思った。あたしにSOSを送っているんだ、たった今。ナースさんに主治医に連絡してもらって連れていかれた。私、どうすればよかった?何を言ってあげればよかった?無力な私は…。



2002/10/16
まだ断眠は続き、食事は食べられない。睡眠薬を増やしてもらっても無駄のようだ。食事は何日か前の事件から、まるで食べられなくなってしまった。困っている。また点滴の刑にされてしまう。でも、自分でもどうにもならない。当たり前のことが出来ない。人間の基本的行為が出来ない。苦しい。たかが、食事じゃねえか、と思うだろう。でも、私にとっては苦痛なのだ。どうしたらいいのかわからない。自分を押さえる薬も、もう手元に無い。


2002/10/15
昨日、完全消灯のあとまた自分で持ってきた薬を飲んでしまった。さすがに、朝まで起きなかった。六時半に目が覚めてたばこを吸って、また薬追加して寝た。八時頃にメグちゃんに起こされた。死んでるんじゃないかとまじで思ったらしい。自分の持ち込みの薬のこと話したら、ナースに私が捨てるか、先生に渡すこと、と約束させられた。私はいい友だちを持つ。朝ご飯はヨーグルトだけ食べて残した。寝起きだし、薬も抜け切らないので、食べるという行為に意欲を感じないのだ。そのうち先生に呼ばれて面談をした。急いでいたようなので、少しはしょりながら話した。最後にメグちゃんとの約束通り隠し持っていた自分の強い薬が入ってる缶を渡した。先生は「よく渡してくれたね、メグちゃんに礼をいうんだよ」と言ってくれた。メグちゃんもよく言ったよーと、喜んで抱きしめてくれた。私はいい友達に、また出会えた。弱い二人だけど、強くなろうと思えることが大事。



2002/10/14
昨日、家に戻った時に持ってきた編み物を一日十やってた平和で穏やかな日だった。なのに全てぶちこわしな夕食タイムになってしまった。私とメグちゃんは「摂食障害」チームで小ホールでご飯を食べている。私は食べられるようになったが、反動でまた過食症になるんじゃないか、とか太るんじゃないかとか、そんな恐怖に脅えながらも、「生き抜く」ためにたべているのだ。食とは、普通の人と感覚が違っていて、日々戦いなのだ。そのために他の患者と隔離された空間ですごく真面目に「食」と対峙している。なのに、無神経にもその食事の間に入ってくる無神経なやつが、いっぱいいる。図書室にもなってるので、本を物色してる。しばらく待ったが、メグちゃんの目が青みをおびてきて、真剣に怒ってる。私は一応冷静に注意して、出ていってもらった。でも、すっかりやる気と意欲をなくしてしまって、もう食べられなくなった。めぐちゃんと二人で泣けてきた。同じ精神の病を持つ者同士なのに、摂食障害のあり地獄のような、もがけばもがくほど落ちて行く恐怖なんてなったものにしかわからない。それほどの覚悟で食を怖がり、挑むのだ。いいよ、もう。ゆがんだ心のあたしなど死んでしまえ。隠し持っている薬を飲んでしまい、らりってる…



2002/10/13
今日は初外出を許された。
季節の変わり目なので、何か服を持って来たい、と言ったら「いいよ」と簡単にOKが出た。でも、家に外泊は駄目で日帰りなのだ。
やっぱり、PCから入力するほうが楽だ。
午前中はAちゃんの話を延々と聞かされて参ってしまった。
Aちゃんとは昨日かおとついに入院した子で、多分18,9歳の子だろう。
不安神経症らしく、一つのことが気になるとそのことばかり考えちゃうようだ。
今は食欲がなく、何も食べられないのが悩みらしい。
私が一時それで、つい最近食べられるようになったので、どうすればいいのか相談してきたのだ。さいうか、メグちゃんが相談されているのだが、私は経験者として「私の場合はこうだった」ということを話しただけだ。
メグちゃんは優しいから、何か他の事で気を紛らわせようとして、何か興味あるものはないかとか、ゲームやってみようとかいろいろ提案したんだが、何もする気力も無いようだ。話も堂々巡りだし、解決策は八方塞で、「私はどうしたらいい?」と聞くばかり。そのうち、私もメグちゃんも疲れてしまった。こっちが鬱になった。
和室が暖かいのでみな集まってきてアドバイスをするのだが無駄な感じ。
そのうち私は鬱がひどくなってきたので、トイレにこもってリスカしてしまった。
メグちゃんにそのことを言うと、彼女も耐えられなくなったらしく、二人でその場を離れ、ナースさんに一切を話した。
午後は私は家に戻り、メグちゃんは他の子と買い物に行く予定だったので、まだ良かった。夕方まで同じ話の八方塞の堂々巡りは死にたくなってしまうよ。
私は19時頃に戻る予定だが、メグちゃんがまたつかまってないといいけど・・。



2002/10/12
欝っぽい。不安だ。食べ物が普通に食べられる。それが怖い。だいたい、普通って何だ?今の私には満腹感がわからない。空腹感がわからない。出された食事を全部食べてしまう。もしくは全部残してしまう。どっちにしろ、なんだかおかしい。感覚が狂ってる。このまま、また前のように過食症になってしまうのだろうか。そんな不安にかられる。こんな当たり前のこと出来ないなんて...。わからからなくなっちゃうなんて情けない。どんなことでも不安の材料は転がっていて、それを見付けて拾ってしまう私。不幸体質な私。いつでも不安を背負ってないと落ち着かない不幸体質な私。



2002/10/12
おとつい、メグちゃんは筋肉注射されてたのに、元気になってた。私は「キンチュー」されると、二日くらいは抜けなくてぼーっとしちゃうのにな。私は薬に弱いタイプなのだろうか。もうご飯も普通に食べられるようになったし、点滴の刑は逃れられるかと思ったが、担当の主治医が不在だったので、三時すぎにやった。すると、食べられるはずなのに、あんまり食べられなかった。点滴が遅いとお腹すかないらしい。でも、なんとか米は食べた。今日は朝ご飯はキライなプチトマト以外は全部食べた。太るな。絶対。でも、病院食はカロリー計算されているから太らないというけど動かないからな。



2002/10/11
昨日の夜、事件が起きた。いつものように女子病棟の和室で日記を書いていた。めぐちゃんもいた。そのうち段々と人が増えてきて、メグちゃんは雑誌を持って大ホールに行ってしまった。私も九時の消灯で大ホールに行った。電気が消えても10時までは大ホールではいてもいいことになっているのだ。メグちゃんのところで、HPの日記の続きを入力しつつ、めぐちゃんと話してた。作業が終えて、顔をあげると、メグちゃんは泣いていた。しまった、と思った。ちゃんと朝から嫌なことや不愉快なことがあったのは聞いていたのに。みんなの輪から黙って出ていってしまったと言うのに。彼女の心の状態に気付いてあげられなかった。すぐに隣に座って肩を抱いた。好きなだけ話して気が済む間で泣かせてあげたかった。でも、ナースさんが来てしまい、結局部屋に連れてかれてしまった。追いかけたが、ナースさんにくるなと言われてしまった。なんも知らんくせに!とは思ったが引き下がった。私も部屋に戻って彼女に長文のメルだったが、嘘の励ましなど書かなかった。ただ「一緒に泣こう。一緒に崩れ落ちよう。そんで一緒に笑おう」とだけは伝えたかった。



2002/10/10
今日は何やってたんでしょ。でも、良い事件があった。入院して初めてご飯が食べられた。当たり前のことのようだけど、私にしては大事件。今までご飯一切食べられなかったのに。ちょっと自信が付いた。においに敏感になって吐気がしてたが、さめた頃に行って食べたら、においが消えていて、あ、いけると思っていきおいで全部食べられた。自分でもびっくりで、ナースさんも助手さんもメグちゃんも喜んでくれた。「回復」の一歩目かもしれない。明日は大丈夫かな。今週中に退院は無理だが、なんとか行けるかも。痩せられるという夢は消えたが…。



2002/10/09
初盗難にあった。冷蔵庫に入れておいたDAKARAの大きいペットボトルが無い、、、。みんながいつも、プリンが無いとかアイスがないとか言うのを聞いてはいたが、自分の飲みかけのペットボトルがなくなるなんて信じがたい。無い物は無いので仕方ない。でも一応ナースさんに報告した。そしたらあった。いつのまにかおいてあったらしい。しかも半分は残ってたのに、1センチくらいしか残って無い、、、。意味不明。それから、風呂入ってホールに行こうとしたら、男の怒鳴り声が聞こえてきた。喧嘩?と思ったがどうやら電話で怒鳴ってるらしい。友だちのメグちゃんが大きい声や音が駄目と聞いてたので、ホールのすみで固まっていた。大丈夫?と聞くと、とりあえずうなづいた。が、男の声はエスカレートするばかり。彼女はまるでうさぎのようにすみっこで泣いてしまって、パニックになってしまっていた。とにかくそこから出して女子病棟の奥に連れて行った。そこでもパニックになって泣いて一歩も動けなくなっていた。どうして男はすぐキレてどなって暴力をふるうんだ。誰であっても、あたしの友達を傷つけるやつは、あたしは許さない。



2002/10/09
昨日は何かありすぎで、日記の更新が出来なかった。前の入院の時の友だちが来て久々の再会。でも、私はテンションが低すぎてついていけなかった。しかも、二階から出ちゃいけないのに外来の方に降りてしまったし。ナースさんに精神安定剤をもらった。そんで、落ち込んでしまって、お昼ご飯はいつも食べないけど、ホールにも行かなかった。午後、一週間だけの入院のコンドーさんが退院の日。短い付き合いだったけど、深い話をいっぱいした。もっと一緒にいたかった。もっとお互いのこと分かり合いたかった。でも、それぞれの人生があって、みんなそこに帰っていくんだよね。ここは本物の「現実」じゃないものね。でも寂しい。もっと話したかった。もっとわかりあいたかった。別れぎわに、めぐちゃんも会いたいだろうと思って呼びにいったが、曝睡中だったのでそっとしておいた。ばいばい、またね。また違う場所で出会えたらいいね。昨日はまだまだいろんなことあったけど、書ききれないや。



2002/10/07
入院期間がのびた。やはり。食べないし、気力ないし、不安な感じがする。食べるもの食べないと生きる力がなくなるよなー。食って人間の基本だよね、やっぱ。でも、興味わかないし、味がわからない。食堂に充満してるニオイが嫌。先生と面談したが、あなたは幸せを怖がって逃げ、あえて自分のつらいことばかり見ている。と言われた。そう。私は不幸体質。幸せの中にいるといつ失うのか怖がり、不幸の中にいると苦しいと言ってればいいから楽なんだろう。失うものが少なくなっていく、それが不幸体質。あれもこれもすべて捨ててしまった。ふと気づくと、もう何もない。それが私。みじめな結末。


2002/10/06
ここんとこ何も食べてない。なのに、痩せないなあ。同じ部屋のコンドーさんがいろんな種類のスープをくれたので、昼間は少しカロリーが取れた気がする。今日はいろんなことした気がする。午前中は点滴、午後はメグちゃんと一緒にお絵書きをして遊んだ。夕方、6時過ぎに隣の部屋から叫び泣く声が聞こえた。行ってみると、まだ入ってきたばかりの子が床の上で泣いて、床を叩いて叫んでた。すぐにナースコールを押して、その子を抱き締めて「大丈夫、大丈夫だよ。きっとうまくいく。今だけよ、苦しいのは」と言い続けた。まるで自分に言ってるようだ。こっけいだな。私の言葉は彼女に届いたかな。当たり前のじょうとう文句言うな、と思ってたかも知らない。でも、抱きしめてあげることしかできないんだ。



2002/10/05
土日は「外泊」が多い。みな、おうちに帰るんだな。私の家は祖母の49日で米沢に行っていていない。おばあちゃん、葬式にも49日にも行けなかった。せめて、おがんでおきました。さよなら、おばあちゃん。早く私も連れて行って。今日は「親指タイタニック」という出演者がみな親指で演じるという超下らない映画を見せてもらったが、みんな大爆笑だったが、私は笑えなかった。うつのせいなのか、ただ単に面白くなのかわからないが。ビデオをおいてある音楽室で、イエローモンキーのラストライブの私のビデオを見た。あの頃も死にたかったが、でも笑えたし踊れたし、楽しかった。もう二度と帰らぬ日々。



2002/10/04
今日も点滴。食べてないから仕方ないけど。しかし、いっこうに痩せないものだ。前は過食だったが、今はお菓子もパンも食べたくない。何も食べたくない。食べる意味がわからない。食べる決心もつかない。何もかも何もかもわからない。昨日、突然ご飯食べながら泣いていたメグちゃんに慰める言葉も思い付かなかった。ただただ「大丈夫、大丈夫だよ」といい続けるしかなかった。無力な私。午後は何故かカラオケになった。そのあと、昨日ママに持ってきてイエローモンキーのラストライブビデオをみてた。久しぶりで、あの頃の笑顔の写真を見付たくない。輝くような笑顔私。どん底でもがく私。ああ、ラルクのライブビデオ、みたいな。



2002/10/03
まるで眠れなくなって、悪い考えばかりに支配されるから、喫煙所で腕を切ってたら、ナースさんに見付かってしまって、隠してたナイフを取りあげられた。なぜ、こんなことするの?と聞かれて、泣きながら自分のこと説明をした。今までは言ってもせんないことなので、先生以外には話したことなかった。泣けて泣けて仕方なかった。筋肉注射という鎮静剤を打たれた。これがものすごい痛い。でも、心の痛みに比べれば大抵の痛みは耐えられる。でも、「キンチュー」のせいで、眠れたが、まだふらつく。午後二時くらいまで寝っぱなしだった。いっかい起きたが、すぐぶっ倒れた。五時半頃に母が来た。キンチューでふらふらでぼんやりしてるとこを見られたくはなかったがしかたない。



2002/10/03
今午前四時。眠れなくなって三時間経つ。追加眠薬を何錠ももらうが無駄のようだ。苦しい。なぜ私だけ、と被害妄想にかられずにいられない。喉をかっきって死ぬイメージしかわかない。



2002/10/02
台風一過の良い天気。でも、気分は落ちる一方。思い余って昼前にまた無断で外に出た。隣に大きい総合病院がある。飛び降りれる場所を探しに行った。でも、病院だからもちろんそんな所は無かった。とぼとぼ自分の病院に戻る途中、携帯に看護婦さんから連絡が入った。応答はしなかったけど、戻った。怒られなくて、みんな、「良かった、戻ってくれて」と言ってくれた。でもすぐ点滴だった。今日も食欲は無く、何も食べてない。点滴も止めてほしい。泣きたいほどに、死を思うが大勢人がいて泣けない。



2002/10/01
まるで食欲無くて全く食べないものだから、今日は点滴の刑になった。この前、外来で点滴受けた時はものすごい気持悪くて意識不明になりそうだったが、今回は平気だった。でも、ものすごい眠くなった。今日だけかと思いきや、毎日らしい..。吐気が止まらないので吐気止めの薬をもらってるが、きいてるかわからない。つーか、食べられないのか、食べたくないのかわからなくなってきた。食べる意味がわからない。



2002/10/01
気分が悪くて明け方に目が覚めた。断眠には慣れてしまったが、胃と胸がかくはんされるように気持ち悪い。たばこを吸えば治るかと思って、喫煙所でたばこを吸ってたが、ますます悪くなった。戻ろうとしたが、途中で倒れた。呼吸困難になり、体中が震えた。誰かに助けてもらったが覚えてない。やはり、全く食べられないのが影響出始めているのかも知れない。



2002/09/30
先生と面接があった。まるで食べてないので、明日点滴の刑になることになった。欝。生きる気力が無い。三年前、元気に働いていて、必死に戦っていたあの頃。けして幸せではなかったけど、あれが私の人生のピークだった気がするんだ。あの人と共に戦っていたあの時。今更、過去を美化してもむなしいのはわかってる。でも、未来など見えないんだ。現在という過去の未来が苦しい。



2002/09/30
今日は朝から激欝の激ダル。落ちている。やはり入院するべきでなかった。こんなこともう絶対に言うべきではないのはわかってる。でも、この思いは消えない。死んでしまいたい。



2002/09/29
入院は暇だ。しかもせっかく晴れても、私は入院フロアの二階から出る許可が無い。一階にある自販機にすら行けない。精神薬のせいで集中力もなくなり、本もまともに読めない。ぼんやりしてると、悪い考えが頭に侵入してきてしまうので、音楽を聴いて転がっている。ますます欝入ってきてしまったので、隠し持っているナイフで腕を切る。ナースさんに抗不安薬をもらう。たばこを吸う。何をしていても死を思ってしまうので、窓から青空を見上げてた。すると、今まで話したことの無い人が、折り紙やろうと言った。他の子も寄ってきた。折り紙をしながら話をしてると、いつのまにか欝は去っていた。



2002/09/28
再入院。顔見知りがまだけっこういた。ものすごい久しぶりに大勢の人間に接触して、夕方には倒れこんでしまった。先生は2週間の予定でいいと言う。そんなんで、なんか意味あんの?まるで食欲なく、ほとんど何も食べてない。人の多さのストレスで隠し持っているナイフで腕を切る。



2002/09/28
前の入院から約4ヶ月。あっという間に再入院だ。全くばかだ。
私のPCはデスクトップなので持ち込みが出来ないので、携帯対応の日記を設置。
この前の入院でもそうしたが、携帯だと誤字脱字が多い。
読み返すと赤面するくらいだ。
まあ、そんなに読んでくれている人も少ないのでまあいいや。許して下さい。
どうせ自己満足の自己陶酔の自己中心的サイトなので。
死にたいと言う人ほどナルシストは多いのかも知れない。
私も含めて。自分好き。全く嫌になるね。
自分が好きだから、苦しむのが可哀想で殺したくなるんじゃないかと思う。
病的発想。だから、精神を病むんでしょう。