ショートストーリー/11  (10/13/2003)

「理由」


目が覚めると闇だった。
何も見えない。
何処に居るかもわからない。
ああ、喉が焼けるように痛い。
水。誰か水をくれ・・・。
起き上がろうとしたが、手足がベッドに固定されているようだ。動けない。
助けを呼ぼうにも声が出ない。
とにかく、喉が痛い。焦げ付くように喉が渇いている。
ここは地獄か?
私は、手の拘束ベルトから手を抜こうと必死に暴れた。
手首が痛んだが、なんとか抜けた。
私はとっさに口に手を持っていこうとした。
その時、がっと手を捕まれた。
闇に佇むその姿は地獄の番人。
何か言っているが、理解できない。
私は逃れようとして、更に暴れたが、拘束ベルトをきつく締めなおされただけだった。
私の意識は遠のいていく。
目覚めるたびに同じことが繰り返された。
喉が痛いんだ。焼けてるみたいなんだ。水をくれ。
言いたいけれど、声は出なかった。

次に目覚めると光が見えた。
誰かが私の名前を呼んでいる。
意識は朦朧としていて、喉の渇きは癒えない。
なんとか目を開けてみると、母が泣いていて、横に父もいた。
何を言っているのかは理解出来なかった。
私はまた意識を失った。

「おい。起きろ、ねーちゃん。薬、どれだけ飲んだんや」
大きな声の関西弁の声で、私は目覚めた。
「今、管抜いたるから、じっとしとき」
ベッドは少し起こされていて、何人かのナースさんに押さえられていた。
何を言ってるのかわからなかったが、口に張り付いてるテープを引き剥がして、
黒い太い管が抜かれた。
そうか。こんなものが入っていたから、あんなに苦しかったのか。
「ほら、言うてみい。薬、何をどれだけ飲んだ?」
私は何か言おうとしたが言葉にはならなかった。
「どっから、薬貰って来たんや。言わな、手の拘束取らんで」
「先生、まだ口が利けないでしょう」
ナースさんが横から助け舟を出してくれた。
「ほな。また来るで」
何なんだ、あの医者は。乱暴な人だ。
と思いつつ、私はまた意識を失った。

眠っているうちに何度か誰かに呼びかけられた。
「お名前は?」
「生年月日は?」
「年はいくつ?」
私はそれに答えて、また眠った。

だんだんと意識がはっきりしてきて、状況が把握出来てきた。
そうだ。
私は服薬自殺を図ったのだった。
失敗して今生きて病院にいるのだ。
なんで失敗したのだろう。
ちゃんと致死量も完璧だったのに。
発見が早すぎたのだろうか。
横を見ると窓が開いている。
そこから飛び降りれば、死ぬだろうか。
ここは何階だろうか。
でも、たくさんの管がまだ着いている私はベッドから動けない。

「おい、ねーちゃん。喋れるようなったか?」
また関西弁の医者が来た。
「はい、一応」
「薬、どれだけ飲んだ?」
「覚えてません」
「どっから薬貰ってきたんや」
「近所の神経科。名前まで覚えてません」
「行ってる病院の名前も知らんのかい。診察券とかあるやろ」
「もう何年も行ってるとこなんで顔パスなんです」
「どこにある?」
「・・・・言ったらその病院に迷惑かかるから言いません」
「あのなあ。ねーちゃあなあ・・・・まあええわ」
せわしく立ち上がって、医者は言った。
「もう明日には退院してもええで。ご両親には連絡しとくから」


それが私の一番初めの自殺未遂。
それから二年の間に10回近く繰り返された。
それぞれ二度と戻らないように、工夫を凝らしたのに、私はそのたびに生還した。
何度も心停止、呼吸停止したのに、蘇生した。
私はよっぽど丈夫なのだろう。
精神病院にも入れられたが、出るたびに繰り返した。
私のOL時代に貯めたお金も病院費で消えた。
死んでから両親に賠償金とか払わせるわけにいかないので、いずれも自宅で出来る方法を選んだ。

死にたい理由?
そんなものはとうに忘れた。
私は私の中の「死ね」という声に従っていただけだ。
初めは何か理由があったと思う。
きっかけもあったと思う。
でも、もうそんなことは問題じゃない。
私はただ、この世界から消えたい。
それだけだ。
失望も絶望も諦観も味わいつくした。
この死の渇望は何なのか、いろんな本を読んだ。
答えは何処にも無い。
生の答えは自分の中にしかない。
人生に意味は無い。
ただ生きる。それだけでいい。
人生に価値は無い。
それは生きてく過程で自分で獲得していくものだ。

私はもう疲れたのだ。
価値を見出すことにも、絶望を嫌というほど味わいつくすのにも。
どんなに人に説明しようとしても無駄なのだ。
言葉では心は表せない。
人は人を理解することは出来ない。
親しい人間であればあるほど、言えないものだ。
苦しみを撒き散らすだけだ。
精神科医にもわかりはしない。
彼らは、ただ生きなさい、としか言わない。
生きろ生きろ生きろ。
もううんざりだよ。
私の頭の中には「死」しか無い。
究極の現実逃避しか無い。

過去の傷。PTSD。人格障害。解離性障害。鬱病。抑うつ症。
なんて呼ばれようと私は変わらない。
ただ、誰にも理解できない苦しみを抱えて存在するのみ。
さあ、解放しよう。
この苦しみに満ちた世界から飛び立とう。
今度こそ失敗しないよ。
もう二度と戻ってこない。

私の数少ない愛すべき人々よ。
祝福しておくれ。
私が自由になりことを。
生の鎖から解き放たれる時を。
そして私を忘れて。
そして許さないで。
そしてあなたたちを一時的にでも悲しませる私を許さないで。
いつか時が思い出を風化してくれるから。

理由なんかいらない。
私を傷つけ裏切ったモノなど忘れた。
私が見捨てて捨ててきたものたちは私の死を喜ぶでしょう。
ただ、消えたい。
こんな私を「弱虫」と「落伍者」と「ロクデナシ」と「恩知らず」「自己中」「自分勝手」と罵ってくれて構わない。
ここは私の居場所ではなかっただけ。

サヨナラ。
ボロボロの私の人生。
私は何も残さない。