ショートストーリー5/ 02/23/2002

「バーコード」


ふと目覚めると腕にバーコードが印字されていた。なんだ?これは。
洗っても、こすっても取れない。
仕方ないので、リストバンドをして仕事に行く。
すると、世の中の人々はみんな腕にバーコードがあるようだ。
何故にある日突然そのようなことが起こったのだろう?
でも、みんな、そんなことは当たり前のことのようだ。
コンビニでも、財布は出さずに腕のバーコードでピッ。買い物終了。
駅の改札でも、切符も定期券も無く、腕のバーコードでピッ。そのまま入れる。
会社の中でも、誰もが携帯電話の画面を腕のバーコードでピッ。会話終了。
全てその腕のバーコードで解決出来るようだ。
無言の世界。
腕のバーコードを通す「ピッ」という音以外、何の音も無い。
いつから、こんなことになっていたのだろうか。私は気がつかなかった。
でも、仕方ないので、私もみんなを見習ってそうしてみる。
まあ、便利だ。それで、すべての買い物は済むし、人と会話もしなくていい。
わずらわしいことは何も無い。
最初は戸惑ったが、私も慣れていってしまった。
無言の世界。無音の世界。無名の世界。
バーコードと数字の羅列が全て。

私はもともと人と会話したりコミュニケーションを取るのが苦手だった。
だからこの「バーコード世界」にはすぐ馴染んだ。
しかし、一ヶ月もすると段々と何か奇妙な感覚に囚われ始めた。
どんな物音も聞こえなくなってきたのだ。
無音の世界とは言っても、車の音や電車の音、皿の触れ合う音など、日常の音がある。
それすらも聞こえなく、いや、感じられなくなってきた。
二ヶ月もすると、人の顔が見分けられなくなった。
誰も彼も同じ顔。判別するのはバーコードでいい。数字の羅列でいい。
色彩さえも感じられなくなった。
三ヶ月もすると、独り言さえ言わなくなった。
言葉をなくし、感情もなくなっていくのがわかった。
世間の人々と同じように無表情になっていった。
そして、食欲も無くなり、眠れなくなった。
体が変調を起こしても、心が無くなっていっても、
全てバーコードが何でもしてくれる。
仕事に支障をきたすこともなく、感情がなくても人との関わりはないので、
日常生活にには変化は無い。

半年経って、耐えられなくなった私はバーコードを切り取った。
そうやっても落ちないので、仕方ないのでナイフで皮膚ごとえぐりとった。
痛みさえも遠い感覚だった。
しかし、次の日から私には「生活」は無くなった。
バーコードが無いと電車にもタクシーにも乗れない。
会社のあるビルにも入れない。
コンビニやスーパーで買い物も出来ない。
人とコミュニケーションも取れないのだ。
そして、バーコードを無くした私は「痛み」を感じ始めた。
皮膚を切り取った腕が猛烈に痛んだが、バーコードが無いので病院にも行けない。
誰も口をきかないので「孤独」が襲う。
街を彷徨い、言葉を忘れたのでうめき声をあげると、
人々は寄ってきて、バーコードを探すが、その場所には傷跡があるだけなので、
異常なものを見る目で後ずさり、逃げていく。
そのまま、彷徨い、人に近づいても、みな避けていく。
とうとう警察に通報された。
私は無言の警察官に連れていかれた。

しかし、警察官もバーコードがないと事情聴取も出来ない。
私は精神病院に入れられた。
バーコードが無いので、診察も受けられずに個室に監禁された。
誰も私のとこには来てくれない。
ただ食事を出されるだけだ。医師も看護婦も看護人も見えない。
食事を出し入れする小さい窓から、手が見えるだけだ。バーコード。
バーコード。バーコード。バーコード。バーコード!!

こうしてどのくらいたったのだろう。
何ヶ月?何年?もしや十何年?
私は死ぬことも出来ずにこの狭い空間に押し込められたままだ。
誰の顔を見ることも無く。
誰の声も聞くことも無く。
自分さえも認識することも出来ず。
永遠に失った私のバーコード。
私は自分自身からも逃れることもできずに朽ちていくのみ。