モドル イッコモドル
<爆発事故/サヨナラ・インディア>
私ぴゃんきっしゅと相棒ウサギはヴァラナシに約2週間いた。
いろんなことがあったし、怒ったり笑ったり騙されたりボラれたり食べたり飲んだり、「生きて」いた。
そして、友達や知り合いや顔見知りがたくさん出来た。
インド人の商売人はすぐに 「トモダチ、トモダチ」 と言う。5分も話してねーよ、という感じなのだが。
でも毎日会っているうちに、一緒にチャイ飲んだり話をしたり遊んだりしていると、本当に友達になれた人も何人かいる。
そんな楽しい時も、やがて過ぎ去り、私達もそろそろ「現実世界」とやらに戻らなくてはならない。
ヴァラナシを去る日がとうとうやってきた。
首都デリーに戻る列車は夕方の18時45分だった。
チャリリキシャで30分くらいで駅に着くから、早めに出て16時くらいに出るつもりであった。
それまで、ヴァラナシで友達になった人達とその辺をブラブラしつつ遊んでいた。
最後の日。
名残惜しいけど、きっとまた来るよ。忘れんなよ〜。次はいつ来る?来年かなぁ。もっと早く来いよ〜。手紙と写真送るよ。メールもするからさ。
そんなことを話しながら、ヴァラナシの中心である「ダシャシュワメード」という大沐浴場のあたりを歩いていた。
「暑いねー。チャイでも飲まない?喉乾いたよ」
誰からともなく、そんなことを言い出す。この国の人はいつでもどこでもチャイなのだ。一日に200杯くらい飲んでる勢いなのだ。
ダシャシュワメードから階段を登って、少し中に入ったいつものチャイ屋に行く。
いつものにーさんがいて、いつもの仲間がいて、日本人も集まって、みんなでヒンディー語英語日本語を交えながらお喋り。
そこで突然、ドカーン!!! という大地を揺るがすような物凄い爆発音が響き渡った。
座っていた椅子が飛び上がり、鼓膜が破れそうな程の大音響。
持っていた煙草とチャイのグラスを落としそうになった。
何が起こったのかわからなくって、頭が混乱した。
インド人の男の子達が、いっせいに鬼ダッシュでダシャシュワメードの方に駆けて行った。
日本人も、「何?何?今の?まさかテロ?」 と慌てふためきながら、ダシャシュワメードに走っていく。
一番仲良かったインド人の男の子に、「あなたたちはココにいて」 と言われたが、私とウサギも不安にかられて行ってみた。
ダシャシュワメードは、頭が麻痺してしまいそうなほどの異臭が漂っていた。
ガスだ。
その大観光地のど真ん中でガス爆発が起きたのであった。
大勢の人が集まっている。
煙が上がっていて、ガスの異臭がすごい。
二次爆発の恐れもあるので、あまり近づけない。
遠くから、私とウサギは見ていた。
いつも、その前を通っていたチャイ屋から火が上がっているようだった。
あのチャイ屋のにーさん・・・まさか・・・死んだのか?
あのあたりをいつもふらついていた、あの人は?あの子は?みんなみんな・・・・まさか・・・あの場所にいたのか?
さっきまで、私もあの場所にいた。
ほんのちょっとの時間の差しかなかった。
15分?20分?そのくらいの時間のズレで、私は爆発現場にいなかっただけなのだ。
黒こげの遺体が4体。手足を拾い集めてる遺体が2体。運び出されるのを見た。
ガスの異臭。血まみれの体の部品。群がる人々。やっとやってきた警察。
私はパニック寸前で、震えが止まらなかった。もう今すぐにでも叫びだしてしまいそうだった。
私はパニック障害を持っていて、ストレスや何かの小さいきっかけでも過呼吸発作を起こしてしまう。
ウサギは自分もショックを受けているのに、私を気遣ってしっかりと腕を握ってくれていた。
落ち着け。落ち着け。こんなところでパニック発作を起こすわけにいかない。大丈夫。大丈夫。私のそばにはウサギがいるんだ。大丈夫。
必死に自分に言い聞かせた。
詰まっていた呼吸が少しずつ戻ってきて、やっと付近を見回した。
友達のインド人の男の子は?何処に行ったんだろう?
観光客の外国人が、何か言って笑っている。
観光客の日本人が、現場を写真で撮って面白そうに見ている。
なんだ?なんなんだ?お前ら。
今、目の前で人が何人も死んでるんだぞ?何がおかしんだよ?何笑ってんだよ?私の友達が死んだのかもしれないんだぞ!!!
警察がその場所を放水して流している。ついでに野次馬にも水をかけて追い払っている。報道陣らしき人々もやってきている。
「行こう」
ウサギが私の手を取って言った。いや、私が言ったのか?覚えていない。
いつもの場所に行っても、誰も戻っていなかった。
ずっと待ってると、日本人の大学生らしき男子二人と、インド人の男の子の友達が戻ってきた。
「大丈夫?誰か死んだの?君の友達、死んだの?」
「二人死んだね。あとは怪我して病院に行った。片目潰れたみたい。もう一人は顔が半分なかった」
「・・・・・・・・・・・・・あのチャイ屋のにーさん?」
「うん、彼も死んだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
昨日の夜、そのチャイ屋でチャイを飲んだ。フランス人の男の子二人と一緒に笑って話をしたんだ。さっきも、その前を通りかかって、笑っていたんだ。
でも、今はもういない。死んだのだ。
日本人男子二人は、もうすでにその話題に飽きていたらしく、他のことを話していた。明日、どうする?次、何処に行く?アハハハハハ。
彼らが悪いわけではない。彼らは、この街に昨日今日来たばかりなのだ。そしてすぐに通り過ぎていくんだ。自分達には関係ない、と思うのも仕方ない。
でも、今目の前に友達が死んだという現地の人がいるのに笑う?私達はココに長くいて、みんな知り合いだったんだ。友達だったんだ。何故、目の前で笑えるんだよ?
私は耐えられなくって、その場を離れて路地に座り込んで、とうとう泣いてしまった。
私だって、ただの旅行者だ。関係ないといえば全然関係ない。
懸命に、毎日を必死に生きていた彼ら。苦しい生活でも笑って生きていた彼ら。聖なる地ヴァラナシで神を感じて生きていた彼ら。
死んでしまった。
神を信じる彼らは爆発でバラバラになって死に、何も信じない私は生き残る。この理不尽な世界。
神は人間には何もしてくれない。カタルシスは何処にあると言うのだ?
ウサギは私の少し離れた場所に座って、そばにいてくれた。
彼女も泣いていたのだろうか。それはわからない。
最後の日に起きた爆発事故。
あの混乱の中では、いつも会っていた人々が無事なのかどうか確かめる術はない。
もう列車の時間も迫っていた。
最後まで一緒にいてくれたインド人の男の子の友達だけ、私達を見送ってくれた。
正に生と死の交錯する聖なる河ガンジス。
サヨウナラ。
きっと。きっとまた私はココに戻ってくる。
モドル イッコモドル