5/30/2002/thu

今日は会社指定の医者で就業可能か診断する日だった。
朝9:30に五反田駅で課長と待ち合わせして一緒に行った。
久しぶりにたった一人で電車に乗るのは奇妙な感覚だ。現実感が薄い。
私の主治医の診断書を見せて、就業可能という診断書をもう一度書いてもらって終わり。あっけない。
そのあと、課長とお茶した。
課長は私の鬱の原因は仕事にあると思っているので、「あんまり頑張りすぎるなー」と言ってくれた。
本当はそれだけじゃ無いんだけどネー。まあいっか。
ひきこもりから、やっと見つけた仕事、辞めたくなかった。
これで二度目の「社会復帰」になるわけだが、今度こそ転ばずに行きたい。
6/3から仕事に行くわけだが緊張する。
みな、私が精神病院にいたことを知ってるので奇異な目でみられそうで怖い。
まあ仕方ない。
また、今度は気楽に頑張って信用を取り戻すしかない。
〜しなくちゃいけない、という観念から解放されなくてはならないね。
気楽に行けたらいいと思う。

私のネットの知り合いが死んで、その彼女から彼女のHPアドレスが送られてきた。
嬉しかった。
少しでも気に掛けてくれてたんだ、と思うと。
死んだ彼と知り合った某HPで、彼の死の衝撃から立ち直れないところがある、と他の知り合いに言ったら、
「故人を誰かと偲ぶのは好きでない」と言われてしまった。
だから余計に彼女から彼女のHPのURLを教えて貰えたのは嬉しかった。
彼女自身の言葉も好きだ。

ネットの友達の日記サイトを見たら、その某サイト(自殺系)から離れようと思う、と書いてあった。
私も離れなければならないな。
これから「社会復帰」して、また「元気で明るいdeeちゃん」にもどらなければいけないのだもの。
いつまでも「死」を追いかけているわけにもいかない。
でも、よりどころが無くなってしまうのも、寂しい。





5/28/2002/tue

サンフランシスコから、さっき帰ってきた。
母のいとこ夫婦の叔父と叔母に連れられての怒濤の観光旅行だった。
私の鬱など顔を出す暇もなかった。
母の考えた「転地療養」はさすがに効いたかもしれない。どんな向精神薬よりも。
たった一週間前までは精神病院にいた私がアメリカ旅行だって。アハハ。
ねえ、ママ。私の笑顔はぎこちなくなかったかい?
ねえ、ママ。私は普通の女の子のように振舞えてたかい?
ねえ、ママ。あなたの娘としていとこに見せて恥ずかしくはなかったのかい?
ねえ、ママ。どうして、あなたは私をこの世界に繋ぎとめようとそんなに必死になってくれるの?
ねえ、ママ。期待に応えてあげられるかな、私?
もう、あなたを捨てて勝手に逝ってしまわない明るい娘になれてたかな。
ごめんね、洋服屋さんでノースリーブを試着して、似合う?と見せびらかせない傷だらけの腕をしてて。
それでも笑ってくれるあなたのために、「明日」を迎える準備をしよう。
「社会復帰」をして、本物の笑顔を探して歩いて行こう。
ママがこの世界にいる限り。




5/24/2002/fri

サンフランシスコ行きの朝。
取りあえず、何も考えず楽しむことだけ考えよう。
後の事は後の自分に考えさせよう。
と、珍しく前向きな私。
三泊五日の短い旅行だけど、
行って来ます。



5/23/2002/thu

明日からアメリカに行く。
母のいとこが住んでるのでお世話になる。「転地療養」だ。
まあ、これで、ここ最近の鬱加減が吹っ飛べばいいが。
母は初海外なので、浮かれている。水をさすようなまねだけはしたくない。
私は外面がいいので、アメリカでははしゃげそうなので、母も喜んでくれるだろう。
母の喜びだけが私の生きる意味だ。
今も荷造りして楽しそうだ。
私も足りないものを買いに行こうと思っていたのだが、鬱がひどくて一日薬で寝てた。
夕方、母が帰ってきてから、また二人で買い物に出た。
毎度思うが、母は何故私みたいな出来損ないの娘を愛して大事にしてくれるのだろう。
それなのに、何故私はこんななのだろう。彼女の娘なのに。
欝で境界性人格障害と診断され、いつでも死にたい自傷女。最悪だ。
とにかく、この旅行を成功させなければいけない。
母のために。
明るい娘にならなければならない。
海外には何度か行ってるので、私が母を先導して守らなければならないが、
本当は守られてるのは私のほうだ。




5/22/2002/wed

朝一で病院に行った。
八時に出て九時に着いた。
結局、行きは母に送ってもらった。
昨日からかなりな落ち込み加減だったので、心配した母が行きだけは送ると言ってくれたのだ。
本当に苦労ばかりかける。
退院してどうですか、と聞かれて、落ち込みが激しいです、と答えた。
やっぱり退院早かったんじゃないのかい?と言われた。
実にその通りだが、お金の問題もあるし、仕事にも復帰しなければならないのだ。
仕事は最初は一ヶ月の休職の予定を二ヶ月に伸ばしてもらったのだから、
これ以上休んだら、どうなるかわからない。
もう職さがしは嫌だ。
それに仕事が無くなったら、きっとまたヒッキーになるに違いない。
同じことの繰り返しだ。
来週、また通院することになった。
アメリカから帰って来てからなので、六月の最初の土曜日だ。
何もかもが不安だ。


精神状態がひどい。
もう死んでしまいたい。もう何もかも捨てたい。
母からも主治医からもネットから離れなさいと言われている。
でも、行き場が無い。
音楽を聴いて部屋で、ぐったりしてるしかない。
あんなに好きだった本も読めない。
みんな失くなってしまえばいい。

結局入院しても意味は無かった?
自傷はしない。
一度は「終わりの場」に行ったという自覚だけ。
相変わらず、私は死にたい。




5/21/2002/tue

一日中寝てた。
もちろん薬飲んでだけど。薬ないと眠れない私。
入院中の夢ばかり見て嫌な気分。
午後に煙草を買いに外に出た。いい天気だった。春なんだね。
こんな日にカーテン閉めきって寝てる自分はばかだと思ったが、どこにも行く気はしない。
いけないと思いつつ、また少し過食してしまった。いっそのこと吐けたらいいと思う。
しかし過食嘔吐にはコツがあるらしい。
始めから吐く気のある人は最初に食パンを一気食いして水を1リットルくらい飲む。
それから、死ぬほど食べて吐くらしい。
そんなことできない私は過食とは言えないかもしれない。
明日は外来でまた病院に行かなくてはならない。
今度は母に送ってもらうわけに行かないので電車だ。
かなり面倒だし、久しぶりに電車に乗るので嫌だなあ。

主治医は助けてくれない。
死にたい私を救ってはくれない。
誰かお願い助けてよ死にたいんだ。
いいからもう寝なさい自分。
でも今日に限って薬が効かない。
違う薬を飲んでみよう。
逝ってはいけないよ自分。




5/20/2002/mon

「転地療養」と称して週末にアメリカに行く。
うちにそんなお金があったとは驚きだ。
そのためのチケット取りに走り回った。取れたので良かった。
三泊五日なので短いが、楽しみだ。でも疲れそう。
母のいとこがサンフランシスコにいるので、そこにお世話になる。
観光してても、「疲れたから帰りたい」と現地で言えなさそうでコワイ。

今日はそれで忙しかったので、疲れたが、
明日からがちと不安だ。
死にたくなったらどうしよう。
今までは病院で、そんな時は薬を貰っていたが、私の持ってるのは睡眠薬だけだ。
寝逃げか。

会社からも連絡があった。
会社指定の病院で検査を受けなければいけないらしい。
私の主治医からも、また診断書がいるようだ。
めんどくさい。
また「社会復帰」か。
今度はどのくらい持つだろうか。
半年は頑張って欲しい>自分。



5/19 /2002 sun

ただいま、Mad Dragon。
やっと楽に日記書ける状態になったねえ。
携帯でやってると言いたいことの半分も書けなかった。
20日の予定だったが、事務手続きが月曜日に出来ないと聞いたので
チャンスとばかりに「じゃ、今日退院します」と押し切ってしまった。
主治医は困っていたが、昼間の薬はもうすでに止めていたので、睡眠薬だけ
もらって退院となった。
今度の水曜日にまた行くことになった。

入院して何が変わったろうか。
きっと何も変わってないかも。
自傷は、絶対にやらないこと、と入院友達に約束してきた。
過食は自分で止めなければならない。
死にたい病は治らず。
それを、主治医は心配してるようだ。
あたしも突発的に死にたくなるので、それはわからない。
薬は相変わらず貯め込んでいる。
いつでも逝けるように。
そして、昼間につらくなってくると軽い薬を飲んでごまかしてる。
病院と一緒じゃん。
ただ、監視されてないだけだ。
もう、視線は勘弁してほしい。
一人にしてくれ。視線を感じたくないんだ。
暇を持て余すのも、もう嫌だ。
長い長い時間。
もう入院は嫌だ。