6/30/2002/sun
六月も終わりです。職場復帰して一ヶ月が経とうとしている。
今日も仕事。
朝から、やはり調子が悪くて休もうかとも思ったけど行った。
職場の倉庫を歩いている時、「立ち止まってはいけない」と思う。
一度、歩くのを止めたら二度と動けなくなる。
昼休みに休憩室に行くのに、階段を上っていて、途中立ち止まって座り込みそうになった。
でも、目の前には続く階段がある。まるで人生のように見えた。
立ち止まってはいけない。
上っていかなくちゃいけない。歩き続けなくてはならない。
6/29/2002/sat
今日はかなりつらかった。
午前中は意識モーロー。帰ろうかとも思ったが、人数が少ないので早退は出来ない。
お昼休みに眠れないながらも、横になってたら少し良くなった。
精神病院入院前とは違って、睡眠は取ってるのに、どうして具合悪いんだろう。
前は2,3時間しか寝てなかったから、電車でも立ったまま熟睡。座れたら終点まで起きれない。
昼休みもずっと寝ていた。
今は電車の中でも昼休みも目をつぶっても眠れない。
それもまた苦しい。
集中力無くなってるので、本も読めないからひたすら音楽を聴いて宙を見つめる。
そして思う。
どうしてこんなことになったんだろう。
これからどうすればいいんだろう。
もう何もかも終わりにしたい。
繰り返し繰り返し考え続ける命題。
生き続ける理由。
存在することの苦痛。
「現実」への恐怖。
せめて泣けてしまえればきっと楽なのに。
笑う「楽しいこと」も、泣ける「悲しいこと」も消えてしまった。
今はただ虚無の中で考え続けるだけ。延々と。
6/28/2002/fri
欝だ。
私は正確には「鬱病」ではないらしい。
主治医の診断では、「解離性障害」と「境界性人格障害」だ。
よくわからない。
取りあえず、「現実世界」ではなんと言われようとも、鬱なのには変わらない。
何もかも嫌だし、めんどくさいし、人と話すのも苦痛だ。本当は外にも出たくない。
でも「社会人」なので。
何故、人は普通に生活してるのに自分だけこうなのだろうと思わずにいられない。
電車の中で、たくさんの働いている、外に出歩いてる人を毎日見ていると不思議でならない。
「楽しい」ってなんだっけ?
助けて。と思う。
みんな死ね。と思う。
この場合の「みんな」とは「私」だ。私が死ねばみんな死ぬと同じことだから。
矛盾する思い。
助けて欲しい。でも死んでしまいたい。
ああ、もう寝なくてはならない。
眠剤も効いてきた。
明日が来る。怖い。嫌だ。
支離滅裂。
6/27/2002/thu
今日から五日連続勤務。果たして持つのだろうか。
何か無いと鬱で仕方ないので、数少ない友人に会うことにした。
昨日の夜、突然決めたのに幼馴染4人全員集まってくれた。
でも、鬱はかなり酷くてあまり笑えなかったかもしれない。
このところ、職場の人にも言われるが、やはり「痩せた」と言われた。
夏休みに恒例の海に行こうという話しが持ち上がっている。
困っている。
断る理由に。
大事な友達なので、遊びたい。断りたくない。失いたくない。
でも、水着を着れるような腕をしていないのだ。
このところ自傷はしていないが、精神病院入院前のリストカットというか、
アームカットの痕がかなりはっきり残っているのだ。
二の腕から胸にかけてびっしり傷痕が残っている。
半袖を着ていればわからないが、ノースリーブは着れない。まして水着なんて。
本当のことを言えば、友人はかなり引くだろう。
休みが合わないから、とでも言うか。
あああ。なんてばかな私。
大切な人にも言えないことはある。
自分で自分を切っていただなんて、親友達に言えない。
見えるところにも多少傷痕はあるが、気付いていないだろう。
どう答えたらいいのかわからなくて、会っていた後半は鬱入ってしまった。
ああ、どうしたらいいんだろうか。
元気無い、眠いのか疲れてるのか、と思っていただろうか。
ごめんね。こんな友達な私で。
鬱なんです。病気なんです。ばかなんです。まともじゃないんです。
6/26/2002/wed
今日もお休みで、今度は歯医者。
休みのたびに何かしら病院だ。疲れる。
死にたいくせに、体のメンテナンスをするのは滑稽だ。
いつも思う。
消えたいと思ってるくせに、スキンケアをしたりするのは滑稽。
生きるしかないなら、こういう瑣末な「日常」もこなさなくちゃならない。
現実とは滑稽だ。
6/25/2002/tue
今日はお休みで病院の日。
行くだけで疲れる。遠いし、待ち時間が長すぎる。
今日は母が午前中お休みを取ってくれてついてきてくれていた。
そのおかげであんまり落ち着かない気分にはならなかった。
先生には無気力がヒドイと言った。
また薬を変えられる。
腕も見られたが自傷はしていない。
自分を切る気力も無い。
病棟に上がってみると、退院したはずの友人が何人か出戻りしていた。
私は出戻るわけにいかない。
アルバイト身分のようなものだけど、一応社員として働いてるから。
もうこれ以上休職出来ない。
状態は悪いけど。
でも、何もせずにいるよりは、せきたてられるように日常を送ったほうがいいのかも知れない。
どうしたらいいのかわからない。
再入院してもなんにもならない。
仕事辞めたら行くところなんか無い。
このまま「社会」に属してるのもキツイ。
私は生きることに向いていない。
何もかも失っていく。
何もかも捨てていく。
何もかも何もかも何もかも。
自分を追い詰めて八方塞に自らしていく。
破滅を好む体質。
ツライ。
6/24/2002/mon
私は一年前の今日の未明、この世界全てを捨てて逃げようとした。
逃げ切れずに、心だけ先に死んだ。体だけ残して。
今、私はこの世界にいる。
心は無になって。ますます無になっていき。
もう何も感じない。苦しみさえも。
あの夜、私は泣いていただろうか。
心は狂乱して頭はこんがらがって体を痛めつけて。
さあ、もうこれで終わりにしよう、と薬をたくさん飲んで。
サヨナラ、ワタシ。サヨナラ、ミンナ。サヨナラ、セカイ。サヨナラ、スベテノクルシミ。
そう思っていただろう。
なのに一年後の今は無様にこの世界にしがみ付いて「社会復帰」までしている。
滑稽なヤツだ。
何故あの時、サヨナラ出来なかった。
一度は死んだのに。
聞えなかった母の声が私を呼び戻した。
母の泣き顔が私をこの世界に押し留めた。
一年。
短い。長い。
ねえ、でも、ママ。
私、「幸せ」になれないよ。ココにいても。
本当の意味で笑うことすら出来ない。泣くことも出来ない。叫ぶ心すら無い。何も無い。
このまま腐っていくだけ。
腐り果て荒廃し滅んでいくだけ。
「生きる」価値はあるのかい?
いつか。
いつかきっと。
同じことするしか無くなる。
何ヵ月後か、何年後か、何十年後か。それとも何日後か。
6/23/2002/sun
一年前の今夜。
私は一度死んだ。
夏至の日だった。
6/22/2002/sat
職場の人によく訊ねられる。
「体調は大丈夫?」「元気にやってる?」「もう万全ですか?」
私は「はい!もう大丈夫です!元気です!」とは、とても言えない。
どうしてこう、「不自然」なのだろう。
自然に笑えない。話せない。見られない。
「まだ、ちょっと・・・」と気弱に答える。
いつになったら「元気」になれるのだろうね。
いつになったら「自然」に生きられるのだろうね。
何故こんなことになったのだろう、と思わない日は来るのだろうか。
6/19/2002/wed
何故失ったもののことばかり考えてしまうのだろう。
何故「希望」という言葉を受け入れられないのだろう。
何故未来が怖いのだろう。
何故逃げ出したいのだろう。
答えは無い。いつだって。
それは自分で見つけていくものだ。わかってる。
誰も人生を代わりに生きてくれたりは出来ないのだ。
何処まで逃げたって自分はついてくる。
自分から解放されたいのなら、道は一つしかない。
自分と向き合うんだ。
ちゃんと現実を見ろ。逃げるんじゃない。目をそらすんじゃない。
頭を抱えて部屋のすみっこにいても何からも逃げられるわけじゃない。
そんなことわかってる。
でも、どうすればいいのかわからないんだ。
私の人生は終わった、と思うことは簡単だ。ああ、不幸だね、かわいそうだね。
だとしても、「現実」はそこにある。
逃げられない。
6/18/2002/tue
昨日、サッカー見ていたらそのまま寝てしまった。
多分、11時頃に母に起こされて布団で寝た。
そのまま朝まで熟睡。
自分的にかなりスゴイことだった。
なんと眠剤無しで自力で眠った。しかも朝まで。信じられない。
アロマテラピーのおかげか、病院から出されてる薬の効果か、
母のすすめた鬱に効くというガムを噛む習慣のせいか。なんでもいい。
少し良くなってるんだろうか。
W杯は日本はトルコに負けちゃった。
休みだったので、全部見てた。
最近の唯一の楽しみが、張り合いなくなっちゃうなあ。
W杯自体が終了してしまったら、どうしよう。
何も「楽しみ」が無くなってしまう。
「楽しみ」が無いと「人生」じゃないらしいから。
自分自身の楽しみをみつけないと駄目ね。
生きていかれない。
でも、そんなの今の私には見つけられないな。
生きてる価値無し。
6/17/2002/mon
今日はお休み。
昨日、職場の人に「***さんはあまり笑わないね」と言われた。
「顔の筋肉を動かすだけでなく、心から笑わないといけないよ」と言われた。
ショックだった。
私の「作り笑顔」がその人にはばれていたのだった。
他の人も、そう思ってるんだろうか。
でも、心から笑うなんてこと出来ない。
今の私には。
時間が心を癒していく、というのは本当だろうか。信じていいのだろうか。
時が経てば、私も心から楽しんだり笑ったり怒ったりできるんだろうか。
何もかも忘れたい。
全て放り出してしまいたい。
全部捨ててしまいたい。
6/15/2002/sat
仕事が終わる時間になると、即行帰ってご飯食べてお風呂入ってサッカー観戦。
終わるともう10時半くらいで、11時には眠剤飲んで寝てしまう。
そんな毎日。
なんの色彩も無い毎日。
それでもいい。
生きてればいいのだ。
何も楽しいこと無くても構わない。
早く時間が過ぎていけばいい。
そうすれば、嫌でも死ぬ時がくるだろう。
それまでの暇つぶしの人生。
仕方ないね。
「自由」を求めて生きてきて、自分をがんじがらめにしてしまい、
「自由」とは「逃げる」ことだったんだ、と今更気付いても遅すぎる。
「自由の大地」は荒野だった。
どこかで道を間違えたんだろう。
人に道を聞いても、標識を見ても、いつも反対方向に走ってしまったんだろう。
ばかな私。無意味だった人生。
これからは人の言うことを聞いて歩こう。
アロマテラピーがいい、と聞けばそれをやってみる。
ガムが鬱に効くらしい、と母に言われれば毎日ガムを噛む。
早く寝ろ、と言われればそうする。
薬飲め、と言われれば毎日キチンと飲む。
今、この人と結婚しなさいと言われればそうするかも知れない。
でも、誰も死ねとは言わない。
「自分」など、何処にも無い。
無気力な毎日。
6/13/2002/thu
今日もラベンダーの香りが部屋に満ちている。
少し落ち着きを取り戻す私。
電車の中でも仕事場の昼休みでも、「じっとしてろ、動くな、落ち着くんだ」と言い聞かせる。
そうでないと、またうろつき回ってしまう。
落ち着きを失くしてしまう。
なんでも一個ずつ確認して言い聞かせないと何も出来ない。
人生とは何だろうか。
みな、周りの人は普通に生きてるように見える。
私だけ、「不幸な心」を持って、持ちきれなくてぜいぜい言ってるように感じる。
何をするのにも、疲れないように、傷付かないように、と気を付けて歩いている。
私は外面が良く、取っ付きのいい感じに見えると思う。
それでも人を信用出来ない気持ちが滲み出てしまい、人と距離を取ってしまう。
だから親しい人間はなかなか出来ない。
人と関わることが人生なのだとしたら、私はやはりはじかれるだろう。
誰も信じられない、愛せない。
そんなの人間と言えるだろうか。
6/12/2002/wed
今日もお休み。明日からは仕事。
お休みでも、前みたいに夜更かししてないので、朝早く目が覚めてしまう。
最近、まるで食欲ないけど、母に無理に朝から冷凍の焼きおにぎりを食べさせられる。
それで、昨日病院で貰った不安薬を飲んでみる。
果たして効くのか。
まるで効かない。
朝から激鬱に入ってしまって、薬飲んで寝てしまう。
昼頃、目が覚めてTVなど見てみるが、まるで落ち着かない。
狭い部屋の中をぐるぐる歩き回って倒れこんでみたり、用も無いのに、台所やら他の部屋やら歩き回る。
そして、よせばいいのに、暗いことばかり嫌なことばかり思う。
このまま生きていくのはツライ。でも死ねない。
こんな私を励ましてくれ続けている母が死んだらどうしよう。
仕事行くの、もう嫌だ。時間に追われたり、わからないことを人に聞くのが嫌だ。新しいこと覚えるのも嫌だ。
電車に乗ってるのが苦痛だ。音楽も耳障り。本も落ち着いて読めない。
あんなに好きだった映画も行けない。二時間以上も同じ席に座り続けることなんて、きっと出来ないだろう。
と、あれこれ嫌なことばかり思い付いて叫び出す気力も無く、うろうろごろごろ苦悶していた。
とにかく落ち着け。と思い、無理に静かに寝転んで目を閉じた。
すると、薬も飲まないのに眠れた。
四時半頃、母から携帯に電話が入って起こされる。
今日は、母の仕事が終わってから、待ち合わせて、
入院友達にすすめられたアロマアロマテラピーのグッズを買いに行く約束だったのだ。
母は、朝寒くなかったのに今は寒い、半袖Tシャツしか着てないのにい、とこぼしたので、
上着を持っていって出かけた。
なんだか気分がいい。
医者から貰った不安薬のせいか、それとも自力で眠れたせいか。
母とラベンダーの香りのアロマテラピーのグッズを選んで買って、お茶した。
「なんか顔つきが違うわね、元気そうよ」
と母が言う。
そんなにいつも暗い気力の無い顔をしているんだろうかね。
まあ、してるだろう。
相変わらず、上唇が曲がってしまう顔面神経症は治らないけど、
なんだか気分が上向きだ。
そのことを母に話してみる。
私と母は「一卵性親子」のように仲が良く、たいていのことは話す。
自力で眠ったらなんか気分がいいと言った。
それまでは午後中、余計なことばかり考えて煩悶してたのが嘘のように消えた。
母は、「その調子よ、あなたは本来明るい子なんだから。今は病気で停滞して悪い時期だけど、
きっと良くなる。ただ、今悪いだけ。人生長いんだから。まだ若いんだから。これ以上悪くならないわよ」
と、また励ましてくれた。
ああ、この母を失ったら私は本当にどうにもならない。
最近、いろんなことが怖くなった、と言ったら、
「あなたは怖いもの知らず過ぎたのよ。やっと大人になり始めたのね。
今は人生の曲がり角に来ちゃってるのね、今を乗り越えればきっと大丈夫。」
と言ってくれた。
今、私の部屋で買ってきたラベンダーの香りを燃している。部屋に香りが溢れる。
母の優しさのように。
6/11/2002/tue
今日、明日と2連休。
早速今日は病院だった。
本当は15日だったのだが、シフトで仕事を入れられてしまったので、
復帰したばかりで、わがまま言えないので仕事ではなく、病院の方の予約をキャンセルした。
それで、今日フリーで病院行ったので一時間待たされた。
本当は電車とバスを乗り継いで、自分で行くつもりだったが、不安感が強くて結局また母に送ってもらった。
甘えてばかり。
待ち時間は落ち着かなく、病棟にも上がっていってまだ入院している友達に会いに行く。
私が入院しているときに退院していった人が何人か出戻りしていた。
明日は我が身。
待合室でも、煙草吸いに行ったり、うろうろしたりまるで落ち着かない。じっとしてるのが苦痛だ。
一時間待って呼ばれた。
先生には毎日が不安で落ち着かないと言った。
また、顔面がおかしいのだ。
上唇が自然にへにゃーと曲がってしまう。
その筋肉の動きに顔全体を合わせると「笑顔」になる。作り笑顔。
仕事復帰してから、作り笑顔しすぎで上唇がそれに反応してしまい、そのままになってしまった。
一人でいる時にも、電車の中でも上唇がへにゃーと曲がる。
家に帰って鏡で見ると、なんとも不気味な顔だ。
先生は「ホントだ」と行って、手と舌も見た。小刻みに震えている。
指が震えているのは分かっていたが、舌まで震えてると思わなかった。
そういえば、たまに舌がもつれる。
また不安薬を増やされた。
昼間の薬は止めてもらっていたが、出された。
夜寝る前の薬も強化されたようだ。
こうやって薬漬けになっていく・・・・・。
不安薬は頭がぼんやりして眠くなるので、昼ご飯の時には飲めない。
仕事が出来なくなる。ぼんやりしつつ出来る仕事ではない。
今だって、ぼおっとしないように緊張感を最大限にだしているのに。
「笑わなくちゃいけない」というのは間違ってる、と再三言われているのに、
どうしても、〜しなくちゃいけない、という体質は抜けない。
両親にも友人にも肩の力を抜け、と言われるが、どうしたらそんなこと出来るのかわからない。
抜くと仕事時間内に間に合わないし、自分に甘くなる。仕事を休んでしまうだろう。
でも緊張感と行かなくてはならない、という気を起こしてないとやっていかれないが、
そうすると、体と精神に影響が出る。
全く不器用だ。
6/9/2002/sun
今日も仕事。明日も仕事。
周りの影響で、サッカーなんぞTVで観戦してみる。
仕事場の人も、私の数少ない友人もスポーツが好きな人が多いようだ。
私は野球も大嫌いだし、サッカーなんて興味もないが、見てみると面白かった。
今日、暇な時間に仕事場の人に「***ちゃんは楽しいことありますか」と聞かれた。
私は一瞬、言葉に詰まって首をかしげ、「・・・・・・・・・ない、ですね・・・・」と答えた。
「駄目ですねー、それじゃあ。楽しいことは自分で見つけるものですよー」と言われた。
楽しいこと・・・・・・・・・。
自分で見つける・・・・・・・・・。
それは「楽しいこと=人生」という図式な気がした。
人生は自分で見つけるもの。
そう聞えた。
私、そんなに楽しくなさそうに見えた?
確かに楽しくはないが。
私は「不幸体質」なので、楽しいことよりもツライことを自ら探して歩いてるようなものだ。
でも、楽しくなければ人生じゃない、とも思う。
だから、私って終わってる人間だなあ、と思う。
心が死んでいる。
6/8/2002/sat
今日も仕事。暇だった。
仕事してて嫌なことってやること無いことだ。
二時には私のやるべきことが全て終わってしまって、あと四時間どうすればいいのかわからない。
そういうのって、ホント嫌。
暇つぶしに現実逃避なこと考えてみた。
結婚でもしたら、「社会的」に居場所が出来るんだなあって。
私に結婚なんて、まるで、絶対無理だけど。
一生独り。生涯孤独。
一生独りで構わない、と思っていたが、最近それも怖い気がする。
今は両親がいるけど、いずれは年老いる。私も「おばさん」になる。
結婚もせず、ずっと言わば「パラサイト・シングル」でいるのも無理がある。経済的にも。
孤独。
孤独。
最近、私にはこの慣れ親しんでいたはずの「孤独」が成長しすぎている気がして怖くなる。
私は本当に臆病になった。
言葉を紡いで物語を作ることも無い。
叫ぶ心すら無い。
何も無い私の人生。
何もかも全てが終わり、終息し、死に絶えた。
あるのは「怯え」になってしまった。
何処にも行き場の無い生。何も光の差さない私の立っている場所。
あと何十年続くのか。もう嫌だ。逃げ出したい。
6/7/2002/fri
朝から気が重くていつも聴いてる音楽も耳障り。
電車の中でも座れてもうまく眠れない。
前のように睡眠不足ではないので、電車の中では熟睡できない。苦しい。
朝から本も読めないし、音楽も聴いてても駄目だなんて地獄のような長さの通勤時間。
仕事への緊張感でいっぱいで、さらに苦しい。
しかし、今日は仕事がうまくスムースに出来た。
相変わらず、体がなまっていてついてこないが、仕事量が今日は少なかったのか、
煙草吸いに行く余裕があった。
少し気が楽になった。
帰ってきて、全く興味無しのサッカーもさすがに今日は少し見てみる。
すると、父が私の生命保険から、入院保険がおりて入院費が戻ってくるという。
入院費は父が全額出しているのだが、そのうちの三分の一は私にくれると言い出した。
ツライ思いをしたんだから、そのお金で何か有効なことに使いなさい、と言ってくれた。
なんて有難い親なんだろう。
私の弱さ、私のばかさ加減、私のわがまま、私の暗い想い、すべてを許してくれる。
母はアメリカに連れていってくれ、父はお金をくれる。
こんな手のかかるばか娘に。
二人から貰ったこの命を捨てようとしたこの私に。
私はこの死んだ心で、どのように両親に報いればいいのだろうか。
どうやって、「幸せ」になった娘になればいいのだろうか。
まるでわからない。
私はどう生きればいい?
私はどうすればいいの?
誰か教えて下さい。
6/6/2002/thu
今日はお休みだった。
会社の人が気を使ってくれて、ゆるいシフトにしてくれてるようだ。
まだ三日しか仕事してない。のに、もう嫌になってる。ばかな私。
なんのために入院して退院してきたんだか。
激鬱で薬飲んで寝ていた。
いつかチャットで誰かが言ってた。
鬱の人やリストカッターの人は無趣味な人が多い、と。
私、趣味はあるんだけど。本も漫画も好きだし、なにより音楽が好き。映画も大好き。
本は活字を読む日がないくらい読んでいたし、映画も三軒はしごしたこともあった。
今では考えられない。
とにかく集中力が無い。
何をしてても持続しない。
落ち着かない。
何故だろう。
最近、死ぬことが怖くなってきた。
死んで無になることも恐ろしい気がするし、なにより未遂になった時の苦痛が怖い。
いいことなんだろうか。
とにかく臆病になった。
弱くなった。入院してから。
いつでも死んでいい、という気持ちは変わらないが、怖くなってる。
朝、起きるのも怖い。仕事に行くのも怖い。眠ることも怖い。
危惧していたように、入院して怯えて帰ってきたようだ。
まあ、時間が経てば慣れていくのかもしれないが。
人間、何事にも慣れる。
それも怖い。
この無感覚の心を抱えたまま、日常に慣れていくのも怖い。
何でも怖い。
臆病で弱い自分。
自分が嫌いなわけではないが、怖がりの自分は嫌だ。
付き合い切れない。
6/5/2002/wed
私はいつまで薬を飲んでいればいいんだろう。
昔、過労で入院した時の先生にも言われた。
その頃から睡眠薬漬けだった私に、「そうやって一生薬を飲み続けるつもりなんですか?」って。
明日は休みだというのに、もう最近の習慣で11時を過ぎると眠剤を飲まないと不安になってくる。
眠らなくちゃ、とまた強迫観念に囚われる。
また、同じことを繰りかえすのは嫌だ。
だから生活習慣を守りたい。
でも、じゃ、何のために生きてるんだろうね。
なんの楽しみもない生活。
ただ生きてる。
それだけで、ホントに幸せな人っているのかな。
なんの光も無い人生。灰色の人生。真っ暗闇の心。
私は死んだほうがいい。
もうどんなに楽しいことも心から楽しめないなんて、無意味だ。
価値が無い。こんな人生。
暇つぶし。死ぬまでの暇つぶし。
わかってたけどね、17の頃からそんなこと思ってた。
それにしても何の色彩の無いこの人生は退屈極まりなく、苦痛だ。
朝から激鬱入ってしまって、病院で身につけた朝食を何か食べる習慣もなくなりそうだ。
食欲が無い。
あんなに好きだった音楽さえもいらないと思ってしまう。
電車の中では気が狂いそうなほど暇だ。
大きな海原にいる気分。周りを見渡しても海ばかり。何も無い。
こんなまま、あとどのくらい生きていけばいいんだろう。
苦痛だ。日常が。人生が。息苦しい。
何をしても落ち着かない。支離滅裂。
時間が恐ろしい。怖い。
早く誰か終わりにして欲しい。
自分ではもう出来ないだろう。
いや、わからない。一番信用ならない自分だもの。
明日、何をやらかすのか自分でもわからないんだもの。
一瞬で気が変わる。
仕事復帰するために退院したのに、もう辞めたい。苦痛だ。
何も無い。何も無い。荒野。大海原。
私のイメージはそんなものばかりだな。
6/4/2002/tue
仕事は半人前ではなく、もう「一人」として数えられている。
シフト制なので人数ギリギリ。
いきなり、出来ないっつーの。
みんなにはたった二ヶ月というのはあっという間で、日常だから、
私が別の世界にいたことなど理解出来ないだろうね。
私は頭も体もまだ、入院していた時のようなぼおっとした感じが抜けなくて、
山のような一日の仕事を見て、怖くなる。
今の私にこれだけの量のことが出来るわけがない、と思ってしまう。
でも、やらないと終わらないから、のろのろ間違えないようにやる。
すると夕方頃からしわよせが来て、一秒たりとも無駄に出来ない忙しさになる。
何が「ゆっくりやっていいよ」なんだか。
私は煙草のみなので、「まあ、たまに煙草でも吸いに行って気楽にね」なんて言われていたが、
それどころじゃない。どこで息抜けっていうんだ。
もとのようにばたばた走り回っていたほうが「社会復帰」のリハビリにはいいのかも知れない。
そろそろと手探りで、自分を傷つけないように歩いてると、いつまでも「病人気分」が抜けないな。
やはり、私は「社会」に向いてない。
どう距離を取って生きたらいいのかわからない。
まっすぐ突進して大破するか、何もせず死んだようにしてるかしか出来ないなんて。ばかみたいだ。
去年の今頃と全く違う人間になってしまった。
同じように「死にたい病」だけど、種類が違う気がする。
あの頃はまだ暴れまわる「心」があった。涙もあった。暴走する想いがあった。
今は心が死んで、夢も希望もなく、ただ息をしているだけ。
そして、何かするたびに息苦しくなって逃げたくなる。死にたくなる。
死んでいる死にたい人間。
なんて滑稽なんでしょう。
6/3/2002/mon
二ヶ月ぶりの出勤。
職場の人々には歓迎された。
みな、心配してくれていたようだ。気に掛けてくれていたようだ。
有難いことだけど、ごめんなさい。いつまで持つかはわかりません。
一日、あっという間に過ぎて帰ったその帰り道にもう死にたくなる私。
逃げたくなる私。
駄目人間だなあ。全く。
もう何も考えたくない。
6/2/2002/sun
今日は幼友達三人でジブリ美術館へ行った。
何ヶ月も前から予約していた日だ。
幼友達は私を含めて四人組なのだが、一人は仕事で欠席。
この子がジブリ美術館製作に関わっていた人なので大変残念だった。
直接作った本人なのでいろいろ解説して欲しかったのに。まあ、仕方ない。
久しぶりにいつもの黒いジーンズに黒いTシャツにすっぴんという姿は止めて、オシャレをした。
化粧をちゃんとして、スカートをはいた。全身黒ずくめは変わらないんだけど。
ジブリ美術館は噂よりも面白い。
時間があまりなかったので見切れてないくらいだった。
また秋に改装するらしいので、その頃にでも四人で行ってみたいものだ。
明日から仕事に復帰する。
実はそのことでかなりの不安を感じていてプレッシャーが凄いあるが、
昨日は病院、今日は遊び、と予定が入っていて良かった。
それに、朝出掛ける前にネットの友達とも話せた。
何もなく、ただ家でぼんやりと明日を待っていたら、またおかしくなりそうだった。
仕事場の人達は大体みな、私が精神病院に入ったことを知ってるので、
気を使われそうで嫌だ。
奇異な目で見られそうで嫌だ。
お帰りなさい会という名で飲み会をされそうで嫌だ。
と、不安だらけだ。
でも行かなくてはならない。
私が二ヶ月前に「辞めたくないから休職にして下さい」と言ったのだ。
私が私を殺しそうなので、私が入院したいと言ったのだ。
そして、私が仕事に戻りたいと言って退院したのだ。
何もかも私が選んだことだ。
これは、ここは、私の人生なのだ。
いつまでも、逃げ続けるわけにはいかない。
でも怖い。
12時を過ぎた。寝なくてはいけない。
でも、今夜は睡眠薬も効かない。
緊張と不安で今にも狂いだしそうだ。
玄関のドアを開けてマンションの五階から飛び降りてしまいたい。
いや。生きるんだ。生きるんだ。
光を探し続けるんだ。
6/1/2002/sat
今日は入院してた病院の外来の日だった。
いつもは水曜だったが、土曜だったので、知り合いにたくさん会えた。
今日、退院する子もいた。そのうち外来で来ても誰も知り合いの子がいなくなるんだろうな。
土曜は混んでるので、待たされたが、みんなと話してたので退屈はしなかった。
病棟内では、またトラブル続きらしい。
どこに行っても人間関係というのは複雑になるものだ。
先生には、一応自傷してないか腕を見られた。
もう自傷はしていない。
過食もかなり止んだ。氷を一日に何百個も食べてしまうのは止められないが。
仕事に復帰するのが不安で仕方ない、と言ったら、不安薬を少しきつめのに換えてくれた。
退院後、誰かと連絡取ってますか、と聞かれたので、メールしたり電話したりは時々、と答えた。
昨日退院したのぶちゃんという子とは、今度会おうと思ってます、と言ったら、
そういう交流はいいことだけど、あんまり病気の話はしないように、と言われた。
また病気ののこと思い出して、引きずるから、と。
そうかもしれない。
アメリカ旅行して、病院でのこと忘れかけてたが、外来で行くと知り合いに会えて、
入院してたのも昨日のことのように感じる。
人の自傷のあとを見て、自分もやりたくなる、というのはあることだ。
しかし、今度からは二週間に一度とはいえ、通うには不便な場所なので、面倒になりそうだ。
でも、行かないと薬が貰えない。
また、近くのいいかげんな神経科の薬を大量に貰うというふうにはなりたくはない。
仕事を始めるとまた行くのが大変だ。
自分のことは一番信用出来ないので、気をつけなければいけない。
薬はこの病院から、きちんと貰うんだ。