3/31/2003/mon
3月も終わりね。
いよいよ春まっさかりね。
今日は暑いくらいで、シェリーと散歩に行っても半袖でも大丈夫だった。
どうも昨日あたりから変だ。
常に頭痛がしてだるい。
頭の芯がぼんやりして、視界に現実感が無い。
なんかビデオ再生してるみたいに。
巻き戻しが出来るような錯覚。
何もかもが遠い。
目の前で起こってることがコマ送りに見える。
こんな日は眠剤を大量に飲みたくなってしまう。
お酒を飲みたくなってしまう。
ダメだダメだ。
3/29/2003/sat
なんか最近、日記をさぼりつつあるなあ。
ひきこもってるから特に出来事とか無くって書くことないからなんだけど。
今日は犬のシェリーの初散歩の日でした。
インコしか飼ったことないので、私も初散歩。
わざわざ母の友人(私の幼馴染だった子の母上様)が来てくれて、
犬の飼い主の先生としていろいろご教授頂きました。
母とおばさまと私とで、三人と一匹連れ立って、近くの公園に散歩。
シェリーは外に出ると大人しかった。
いつもは私に飛びつき噛み連発するくせに。
くしゃみ二回連続したので、10分たらずで慌てて帰った。
散歩にならん・・・。
その後、母と2人でペットショップに行き、シェリーのトリミングしてもらった。
生まれてから初めての散髪。
二時間後に迎えに行ったら、ヨークシャーテリアとは思えない男前っぷりにかなり笑ってしまいました。

ちと写りが悪いですね。しかもチワワみたいね。
ところで、久々に昨日からずっとネットサーフィン(超死語)してたら、結構面白かった。
ヤフージオシティーズに登録してあるサイト、次々に見て回った。
これはハマる、と思うHPはないんだけど、面白いのはカウンター。
0004とかになっちゃったりして。え?私で4人目!?
それとか、知り合いでも常連でもないのにキリ番ゲットしちゃったり。コレ、焦る。私でゴメンなさいとか思う。
私、他のHPにあんまり書き込みしないし。
しかし、すごいところがある。
コレは友人に教えてもらったんだけど、
なんと一ヶ月でカウンタ45万を越えるHP!
リンクフリーだから、ここにのっけちゃおうかな。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/8161/index.html
超・爆笑できること請け合いです。
心のビョーキな私でも一日中笑ってしまった。
鬱がなくなるわけじゃないが、取りあえず笑える。
私はこのHPにカウンターもつけないし、サイトマップものせないし、リンクもつけない。
独り言HPなので。自分のためだけにやってるので。
ここの日記を読んで「悲劇のヒロインごっこやっちゃってバカみたい。」と思う人もいるでしょう。
その通り。ここは私の場所なので。
と、今日は誰かに言ってみる。
開き直ってるわけじゃありません。わかっててやってるの。そういう自分を嘲笑ってるの。いいでしょ?
3/25/2003/tue
毎日、ヨークシャーテリアのシェリーと格闘しつつ。
今日は通院日。
雨の降る中、行ってきました。
もう遠いし、お金かかるし嫌なんだけどね。眠剤欲しいから行く。
入院してた頃の友達と話したりしてて、退屈しなかったけど。
通院してる知らない女の子に話しかけられて、結構話し込んでた。
ひきこもりで摂食障害の24歳だそうだ。
一回入院してみたい、と言ってたので、「・・・・やめた方がいいよ。」と答えておいた。
治療より、友達が欲しいのだそうだ。
入院するほうがいい場合もあるけど、やっぱり真っ白なら真っ白なままのほうがいいでしょう。
誰が好きこのんで「精神病院入院歴アリ」になりたがる?
入院して失敗のときもあるし。
私の場合、一回目の入院は失敗だったと思う。
2ヶ月で人間関係が嫌になって無理に出たから。
その後、「社会復帰」するも、二ヶ月で再び壊れた。
精神には応急処置はきかないのだ。
二回目の入院はかなり有意義だった。
私は4ヶ月という時間の中で、「諦め」を知った。
今日はそんなことを考えていた。
二度目の入院、と決定したときに私は初めて人前で大声で泣き、
もうどうしようもない、治らない、何をやっても無駄だと叫んだけれど、
母は、「諦めないで。何でも無理だと決め付けないで」と言って叱ってくれた。
しかし、皮肉にも母の言葉とは裏腹に「諦め」てしまうと、母の望み通りに「生き続けられる」ことを知った。
自分の人生はこれきりだ、と。もうこれ以上何も望まない、このままでいい、全てを失った心のままでいい、と。
私は「人生」の大舞台から降りる決意をしたのだ。
私はずっと、観客が大勢いる「人生」と言う名の大きな舞台の上の主役になるために走り続けてきた。
でも走り疲れて、しかも届かなくて。
「自殺する」ということで、最期を飾ろうとしたけど、それも叶わなくて。
私は何もかも捨てよう。
プライドも幸せも何もいらない。
誰も居ない観客席の孤独な舞台で、たった一人で踊り続けよう。
そしてバックにはせめて好きな音楽をかけて。
3/21/2003/fli
この前の日曜からいるヨークシャーテリア。♂。
名前を決めるのは私の役目。
ドリーにする。と言ったら父に「クローン羊と同じ名前だから嫌。」と言われてしまった。むむう。
ハイドにしたら?と母が言ったが、それでは呼ぶたびに笑ってしまうのでやめた。
ラルクファンなので、ラルオにしたら?というふざけた意見もあった。
去年死んでしまったインコはジュリ。アメリカのクレイジー女優ジュリエット・ルイスから貰った。
映画「ベティ・ブルー」が私のマイベストワンなので、ゾルグにしようかと思ったけど変だし。
クロムハーツが好きだからクロ?ゴルチエ好きだからジャン?ギルトユニット好きだからギル?
岡崎京子から山田君、魚喃キリコからハギオ、ねこじるからいぬじる・・・。
村上春樹から間宮中尉、スティーブン・キングからチャーリー、ゲーテからファウスト・・・。
という訳で、どういう訳だか、シェリーにした。
出自は言うまい。友人にはすぐバレたけど。
あまりにも元気で、即席の犬小屋のダンボールの中から出すと飛びついてくるので、
二本足歩行がうまくなりそうだ。
全く吠えないが、噛み癖がついていて、そのうち手に穴があきそうだ。
あんまりガブガブ噛むので、名前をガブリエルにしてやろうかと思ったが、
そのうち「ガブ」と呼ぶだろうと予測がつくのでやめる。
私が餌を作ってあげて、一日中家にいるので、私に一番なついてはいるが、
どうも「飼い主」と言うより、「遊び相手」らしくて、噛み付くは、体当たりかますは、おしっこひっかけるは・・・・。
あげくに私が怒濤のシェリーの攻撃に抑えるすべもなく、泣きそうになって倒れこむと頭の上でじだんだ踏まれた。
・・・同等、もしくは下に見られている。
どっと疲れて、漫画「動物のお医者さん」を読み直して勉強することにする。
3/19/2003/wed
私の愛するラルクアンシエルのベストが出た。
昔のPVのDVDまでおまけについている。
しかも、HPによると7月にライブをやるらしい。
唐突に焦る私。
ライブ、行かなくちゃ。
でも・・・行けるかな。いや、行かなくちゃ。
ラルクのラストライブは2000年12月6日。
今でも忘れない。忘れられない。
繰り返し見る幸せの悪夢。
その時の私は確かに幸せだった。
心に死を抱えながらも、感情があり、心があり、涙があり、笑いかける人がいて、歌を全身で聴いていた。
私は孤独に組み敷かれながらも、そこから解放されるかもしれない、と信じ始めていた。
今では、ここには何も無い。
全て失われた。
私は歌を失い、私の周りの物事すべてを放棄し、いや、見捨てられ、私自身でさえもゴミの日に生ゴミとして捨ててしまったのだ。
もう戻らない。
だけど、私は心を失くした人形のように、繰り返しあの日のビデオを見る。
繰り返し、あの日を追体験する。
二度と戻らないことを確認して、空っぽの心から血を流す。
もう一度戻りたいと哀願して、空虚な涙を流す。
私の心は引き払って、いろんなものに蓋をして地雷にしてしまった。
下手に自分の心に踏み込むと地雷を踏んで自爆する。
でも、歌だけは。
どんなに痛くても歌だけは。
私から取り上げないで。
3/17/2003/mon
小雨のずっと降っている寒い日だった。
今日は通院の日。
初めて犬の餌を作りながら、寝起きで倒れそうだった。
調子悪の私を心配して、今日は母が病院まで送ってくれた。
寝つきが悪いので早起きすると、もうだるくてだるくて参ってしまう。
しかし、医者は薬に関して私を信用しないので、強い眠剤は決して出さない。
しかしさすがに今日の私のぼんやりとした焦点の合わない目を見て、ようやく少し強めの薬に変えてくれた。
病棟のほうにも寄ってきた。
私と比較的仲の良かった子たちが退院準備をしている。
もう病棟にあがっていっても、次のときはほとんど誰もいなくなってしまうんだな。
さみし。
でも、退院決定おめでとう。
3/16/2003/sun
急遽、犬を飼うことにした。
前から、母が犬を飼いたい、と言っていたのだが、誰が世話をするか、どこに置くかで問題があり、諦めていた。
しかし、ペットショップを見て回って、お買い得な値段のヨークシャーテリアが、
私と母に猛烈アピールをしていたので、ちょっと元気すぎて迷ったが、衝動買いをしてしまった。
動物を金で買う、というのは何となくばかげてる、と思っていた。
本当は知り合いからパピヨンという犬を生まれたら譲り受ける約束があったのだが、
死産してしまい、その話は無しになったのだ。
うちはマンションだし、大型犬は飼えないので、小型犬限定。
しかも、今流行のチワワは小さくてかわいいが、なんと30万円。ばかだ。
それで、他の子犬達はぐったりすやすや寝ているのに、一匹だけ元気一杯アピールしてくるテリアを家族にすることに決めた。

うちはインコしか飼ったことが無く、犬は初めて飼うので、ちょっとびくびくものだが、
母と連携プレーで、ペットショップのおねーさんの説明してくれた通りにやってみる。
まだ、赤ちゃんなので、散歩にも出せず、あんまり触るな、と注意を受けた。
しかし、ヨークシャーテリアはじーさん顔だな。
眠れずに部屋で一人でいると唐突に死にたくなるが、
この犬が大人になって、あんまり手間がかからなくなるまでは死んではいけない。
ママ一人で育てるのは無理だし。
なんてばかなことを考えながら、今日は寝る。
3/15/2003/sat
友人に誘われて日比谷の野音で行われる反戦デモ集会に参加してきた。
一万人を超える人々が集結して、アメリカをたたき、罪の無い遠い国の国民が虐殺されるのをふせごう、という主旨。
「著名人」の演説。
「ふるさと」の合唱。
銀座の街を練り歩くデモ行進。(パレード、と表現していたが)
体力が無く、大勢の人間に囲まれると卒倒する私を友人は気遣いつつの参加だったが、
最後まで元気に「戦争はんたあああい!」と声をあげていた。
しかし、違和感を感じていた。
戦争は確かに断固として反対すべきものだと思う。
世界情勢や、国同士の駆け引きも関係なく、多くの人間が殺されるのを黙って見ていてはいけない。
でも、この「私」が「戦争反対」と口に出していいものか、という個人的感情が拭いきれない。
私は、「私」を殺そうとし、この「世界」を見捨てて、一人楽になろうとした。
そんな私に、誰であろうと国やら人やらを非難する資格はあるのだろうか。
考え始めると、ぐるぐると論理がからまり、また死にたくなる私。
メビウスの輪。
私の宿業。
3/13/2003/thu
今週に入ってからずっと、私が調子悪になってるのを母は察している。
多分、今度こそ手遅れにならないように、と思っているのだろう。
何かと心配してくれている。
昼にメール送っても私が返信しないと夕方慌てて帰ってきて、私が死んでないか確かめる。
部屋に閉じこもって本ばかり読んでいると、TV見ようと言って誘ってくれる。
寝付けないで朝方まで起きていることを知っている。
焦らないで、ゆっくりやろうよと言ってくれる。
母は私を失うことが怖いのだろう。
わかってるの。ごめんなさい。
私たち親子は特殊な関係だ。
今、「友達親子」というのが流行ってるらしく、母と娘で一緒に遊びに行くという関係は珍しくない。
私たちはそれともまた違う。
もっと深くもっと病的な関係だ。
お互いがいないと生きていかれない。
私は母がいなくなったら死ぬ。
母は私がいなくなることを極度に恐れている。
親が子を思うのは当たり前のようだけど、そういうのでなく存在理由がお互いなのだ。
ただの親離れできない娘と子離れできない母親、というのでなく、世界中に2人だけという感じ。
私の病的性格から、こんなことになってしまった。
きっと、母はもっと平凡な家庭が良かっただろうな、と思うと重い罪悪感に苛まれる。
何度も過去を検証し、繰り返し思い出して後悔の大波にさらわれる。
ばかみたいに過ぎ去ったことをああすればよかったのに、こう言えばよかったのに、と思い返す。
全く意味の無い無駄なことだ。
いつでも結論は、私が極度の臆病者だったことに気付かなかった事が今の自分に至ってしまった原因だ。
致命的な間違い。
誰のせいでもなく、遺伝とか育った環境とかでなく、生来の私の宿業。
3/12/2003/wed
引き続き調子悪。
昨日は病院に行ってきた。
先生には「とにかく生きてなさい」と言われる。
わかってます。
でも、滅入るのよ。
今日は父の誕生日なので、家族で鮨屋に行った。
まるで調子悪なんだけど、せっかくの誕生日に一言も喋らないわけにいかないので、
なんとか話をして、なんとか高い鮨を食べた。
ごめんね。
どうやったらこの気分を忘れられるだろう。
3/9/2003/sun
なんでなの?
どうして私をほっておいてくれないの?
今日、また死神の横顔を見た。
マンションの五階から飛び降りようとした。
なんでなの?
涙が止まらない。
心臓の右斜め上が痛い。
今まで遠ざけて見えないふりして、そこには何も無いふりをして、
鉄のように固く冷たいモノで蓋をしていたのに。
暗くて深い海底に沈んでいた心の破片が、突如むき出しにされて、
まるで無防備に世界にさらされたように、ひりひり痛む。
わけもないのに涙が落ちる。
ひやりとするほどに、肌の上を「死」が触る。
死んでしまおうよ、と頭の中に呼びかける。
お願い、私をほっておいてよ。
私は「生きる」のだから。
お願い、私を眠らせてよ。
私は真夜中の闇でもう迷いたくはないのだから。
もう自分を切りつけたりしたくはないのだから。
3/8/2003/sat
昨日は横浜に遠征して人に会ってきた。
うちから約二時間。
移動時間だけで疲れる。
その上、人と会うので体にはかなりな負担だった。
しかし、心配した母が着いてきてくれたので、途中でくじけて帰ったりはしなかった。
人生の中で一度あるかないかの出会い。
大切にしなくてはいけない。
特に今の状態の私。
空っぽで何も無い。
誰かにどんと背中を押されなければ、一歩踏み出すことさえも出来ない私。
私は今死んでるから。
だから、生きるには何かが必要。
しかも、ただ生きるのではなく、人のために生きる。
人のために生きるには、自分自身の心の奥底からちゃんと自然に笑える人間になること。
出来ないかも知れない。
だから、今が大事。
空っぽの入れ物には何でも入るから。
3/6/2003/thu
心の表面がざわついている。
奥底で何かが揺れている。
はっきり言えば緊張している。
明日、人と会うことになっているからだ。
直接会ったことはない人なので、ものすごく緊張してしまう。
嬉しいことのはずなのに、逃げ出してしまいたい思いにかられる。
何も無い。
何も怖いことは無い。
緊張することでなく、楽しいことになるはず。
そう言い聞かせても、体が硬直してしまう。
それでいて、会ってしまえば、私は愛想のいい人間のようにふるまえるだろう。
それがまた負担になって体に変調をきたすだろう。
なんでも予測出来る。
でも、今、会わなくてはいけない。
この好機を逃したら一生巡り合うことは無いでしょう。
だから、自分に負けないで外に出よう。
私が動かなければ、運命も動かない。
一歩出れば一歩進む。
大丈夫。
3/5/2003/wed
ある時、ふと思い出す。
死への渇望。
閉じ込めて、蓋をして、空っぽの心の奥の奥の土の下に奥深く埋めてあるのに。
思い出してはいけないのに。
目の前に。掌に。
形あるものとして、認識出来るものとしてはいけないのに。
この肉体が亡き者になる。
それが夢?
それを現実として闘ってきた。
いつでも、それは隣り合わせの現実で、私の心の真実で、直接肌に感じ取れるくらいに見えていた。
今は見えない。
死は現実ではなく、いつか来るものになっている。
生きること。
それは独りでなすものでなく、誰かに助けられながら生かされていくもの。
私は誰かのために生きたい。
自分のためでなく。自分の夢のためでなく。自分の心のためでなく。
自分のために自分勝手に生きてきた私は死んだ。
生ける屍の私。廃人の私。死に絶えた心を抱えた私。
空っぽの私は、誰か他人のために生きたい、と思う。
母のため、友人のため。私を助けようとしてくれた人達のため。見たことも無い知りもしない他人のために。
このボロ雑巾のような体を世界にあげる。
そうしたら、私は具体的に現実的に何をすればいいのだろう?
3/4/2003/tue
三月に入ってしまいました。
ぼんやりしてるうちに四日もたってしまった。
今日は通院日・・・だったんだけど、さぼっちゃった。
なんかもう、気が乗らなくて。
母に朝出かけに起こしてもらったのに、二度寝して起きたら二時だった。
全く駄目人間・・・。
昼の薬は余ってるからいいんだけど、眠剤が無い。
引き出しとか引っ掻き回して余りをさがしたら、少し出てきたけど、
今度いつ病院行こう・・・?
一度行かなくなると、とことん行けなくなってしまう可能性大。
このパターンだと、そのうち近くの藪医者から眠剤だけもらって、自堕落街道まっしぐらになっていく。
駄目。ダメですよ、自分。
今度こそ、ちゃんと治しましょう。
今の精神の安定具合は私の力じゃない。
薬と入院生活によってもたらされている、ということを自覚しなくてはいけない。
このままでは、またダメになってしまうよ。