5/29/2007/tue
精神科の通院日。
一週間に一回だと大変だ。
すっごい待たされるし。
また10時半に行って、診察券を出して名前を書くんだけど
すでに15人の名前があった。
みんな比較的ご近所さんなのだろうね。
終わって帰ってきたのは17時。
全くやってられないよ。
だるくて眠くなってしまうと言ったら
また眠剤を弱くされた。
夜、眠くなるから眠れるだろうけど、途中覚醒になるんじゃないかと不安でもある。
薬の大量服用をやって、そのまま眠っていれば本当に死ねたかもしれない。
でも、私は無意識に部屋を出た。
そして彼氏が見つけてくれた。
だから今こうして生きている。
彼氏がもし私をただ、私のベッドに戻すだけで終わってたら死んだかもしれない。
でも彼氏は私を生かす方法を選んだ。
そして私も、多分助けを求めて部屋を出たんだろう。
誰か私をこの世界に繋ぎとめてって心の奥底で叫んでいたんだろう。
彼氏はそれを心で聞いてくれて、私を見つけてこっちの世界に連れ戻してくれた。
私は一人で生きてるわけじゃない。
母や彼氏や友達や医者の先生や看護士さんや
たくさんの人々に助けられて、生きているんだ。
もし本当に神様とやらがいるのなら、神様に生かされている。
まだ終わってない。
私の人生は終わってない。
きっと今の私には「未来」がある。
私は与えられるだけで、まだ何も誰にも与えてない。
やり残してることがたくさんあるんだ。
5/28/2007/mon
今日はいつものように七時半ではなくて
九時に起きてしまった。
もう父も母も仕事に行った後だった。
彼氏は昼過ぎまで寝てる人なので
朝、一人でアイスコーヒーを飲んでいた。
私の敬愛していたDの命日が過ぎてしまった。
四月の二十五日だった。
私が眠り続けていた間に過ぎてしまった。
何年経っても忘れたくない。
四月の十七日の深夜に薬の大量服用をやらかしたみたいだ。
ねとらじで喋りながら、薬を飲み続けていたようだ。
自分の放送の録音を聞いてみたら
ずっとクシャクシャと薬を出す音が入っていた。
聞いてた人はさぞかし不気味だったろうな。
最近、空腹を感じるようになった。
何もしてないのにね。
今までは食べる時間だから食べていたけど
今は胃がキリキリするほど空腹を感じる。
病院での規則正しい食生活のせいかもしれない。
退院して三週間と三日。
今でも病院での生活を思い出す。
病院での記憶は後半ほどはっきりしている。
前半は眠っていた一週間とちょっとはもちろん覚えているわけないんだけど
目を覚ましてからの記憶は夢と妄想が入り混じっていて
何が本当なのかわからない。
ただ泣いてばかりいたのだけは本当。
いろんな科に移動ばかりしていたような気がしていたけど
実はずっと救急にいたみたいだし。
ただ部屋が移動していただけみたい。
お腹も空かなくて、点滴で生きていた。
そろそろそれも辞めて、鼻から流動食を流し込むことになって絶対嫌!と主張した。
鼻から入れるなんて、そんなことするくらいなら、すぐに口から食べるほうを選ぶと言い張った。
でも、そんなに急にはいそうですかと通るわけもなく、
病院というのは、すぐに何でも揃うわけじゃなくて、少し時間がかかるのよ、と言われた。
だから、その日の夕飯と次の日の朝食は鼻から流動食で、次の日の昼御飯から、普通の御飯になった。
その頃、隣にいた女の子が流動食から普通の御飯になって、すぐに吐いてしまっていたけど
私は絶対大丈夫と確信していた。
吐いたりしないもん!と思っていた。
その日の午前中に医師の回診があって、
私が初めて服薬自殺を図ったときに担当になった先生もいた。
関西の人で面白いけど意地悪な先生だ。
「いますぐ立ち上がって歩けるようには見えへんなぁ」と言われたので
かすれた声で、「私もそう思います」と返した。
「さっさと歩けるようになって、この病院から出ていってほしいんやけどなぁ」と意地悪なこと言うから
「出来るならそうしてます」と返した。
ベッド回りに救急の先生に囲まれて、誰も私を守ってくれない。
他の先生も「足、ちょっと膝立ててみて」とか「なんで手、震えてんの?」とか
わいわい言うから、何がなんだかわからなくなった。
回診のたびに皮肉や嫌味を言われて、
「先生達はみんな、deeさんに早く退院してほしいでーす!」とか
追い出すようなこと言われてた。
食事の件は私の主張はすぐ通ったけど
その後、どうすれば退院出来る様になるのか、何をしたらいいのか、皆目わからなかった。
大体、私の担当医が誰かもわからなかったんだもの。
眠り続けていた間は、私によくしてくれてたみたいだけど
意識がはっきりしてたときにはもうほとんど副担当の女の先生に変わってた。
その女医の先生も最初は看護士さんか看護助手さんかと思ってた。
多分、最初に挨拶されたんだろうけど忘れちゃってるんだろう。
忘れてることが多すぎる。
思い出すことはココに書き残しておく。
そうじゃないと、まるで眠りの中の夢のように
儚く忘れ去ってしまうだろうから。
5/26/2007/sat
昼間、眠くて仕方ない。
ずっとPCでアニメを観てるんだけど、そのせいで目が疲れて
余計に眠くなる。
昼夜逆転の眠りのサイクルから抜け出すために
昼間は極力眠らないようにしている。
突然は出来ないから、午前中は寝てもいいことになっている。
でも、そのまま午後の三時くらいまで寝てしまった。
夜も眠れれば、昼寝もしていいんだろうけど。
自宅療養中だから、あんまり動かないから体が疲れないし、
やっぱり昼間に思いっきり寝てしまうと夜眠れなくなる。
不自由なもんだ。
夕方とか眠くて眠くてボンヤリしながらアニメ見てる。
入院してた頃は、午後三時と午後六時に面会に来てくれる彼氏と母を待ちわびていた。
たった30分しかいられない面会だった。
その頃、私は声が出なくて、あんまり話もよく出来なかった。
母がヨーグルトとか飲み物買ってきてくれて、食べさせてもらったりしてた。
平日の昼は彼氏だけ。母は仕事。
夕方は毎日、二人で来てくれた。
まだ頭がボンヤリしてた頃は、毎日来てくれてたのに、
すぐに忘れてしまっていた。
そして、いつも何故ママは来てくれないのだろう?と悲しくなって泣いていた。
本当は毎日来てくれてたのにね。
今は毎日会える。
いつも一緒にいれる。
だから少し油断してしまう。
この有難さを忘れてしまいそうになる。
私が生きて、ココにいることが奇跡なんだよ。
5/25/2007/fri
今日も寝てた。
だるくて仕方ない。
午前中から昼にかけて、断水するっていうから
寝てやりすごしたってのに、雨のせいで火曜日に変更になったらしい。
せっかく寝てたのに。
午後はずっとPCでアニメ見てた。
本を読む気力も無い。
5/24/2007/thu
だるくて一日中寝てた。
この前の診察で、昼間は寝ないように!と言われたんだけど
どうしても眠くてだるくて眠ってしまった。
我慢して起きてたんだけど、
彼氏が外に用事があるから散歩でもするか?と聞かれて
半分着替えたんだけど、体が重くてダウン。
入院中も昼間に寝ないように頑張ってたんだけど
やっぱり昼夜逆転生活になってるな。
頭の中のごちゃごちゃが治らない。
何が真実で何が妄想で何が夢だったのか。
わからない。
わからない。
5/23/2007/wed
昼の一時になっても彼氏が起きてこなかったから
一人で駅の反対側にある銀行まで一人で行くことにした。
夏のように暑い日。
一人でいる緊張感と暑さで汗がダラダラ出た。
帰ろうとして、駅の中を歩いてたら
貧血起こして座り込んでしまった。
もう少しで過呼吸発作を起こしかけた。
駅と家の間にあるドトールで休んでいこうと思って入った。
そしたら彼氏から電話がかかってきてた。
連絡を取ったら、すぐ行くと言ってくれた。
起こしてくれたらいいのに、と言われた。
前から言われてたけど、やっぱり寝てるとこ起こすのって悪いような気がするんだ。
私だったら絶対起こされたくない。
それにしても疲れた。
まだまだ一人で出歩くのは危険だ、と思った。
一人だと頼りなくって心細くて、フラフラしてしまう。
全然早く歩けないし。
貧血起こすときの鉄の匂いが鼻につく。
まだ怖い。
5/22/2007/tue
精神科の通院日。
今はまだ一週間に一度行かなくてはならない。
入院させられるより、まだましだけど。
前にかかってた精神病院だったら、即入院決定だったろうな。
まるで、罰みたいにODやらかしたら、即入院だったからね。
その点、タカコ先生は違う。
体が不自由だから、入院するのは不安だと言ったら
だからこそ入院するのよ、お風呂だって看護士さんが全部やってくれるんだから、と言っていた。
でも、慌てずゆっくり入院のことは、そういう選択肢もあるってくらいに考えておいて、と言われた。
今はもうだいぶ慣れてきて、大概のことは自分で出来る。
お風呂で髪の毛洗うのだって出来る。
まだ震える指先だけど、箸で御飯だって食べられる。
自分のこと、自分で出来る。
入院してたときに、いくつもの悪夢を見ていた。
それが真実だと思っていた。
本当のことを知りたくて、今でも彼氏や母に何度も同じこと聞いてしまう。
私の知らない私。
自分のことなのに、全く覚えてないのが不安で仕方ない。
5/21/2007/mon
昨日、眠剤飲まずに寝てしまったら
浅い眠りで何度も目が覚めて、嫌な睡眠になってしまった。
朝、起きたとき、本当に疲れてぐったりした。
眠るのにも体力いるって聞いたことあるけど、本当かもしれない。
一日、浅い眠りに漂いながら
たまに起き出して、PCでアニメを観ていた。
ひたすらに眠い。
今の私には眠剤がきつすぎるのだろうか。
5/20/2007/sun
また七時半に起きた。
でも体が重くって、二度寝した。
起きたら12時。
母がお昼御飯食べに行こうというので
彼氏と三人でデニーズに行った。
それでも、なんか具合悪くって、ぐったりしていた。
帰ってから、また眠った。
いくら寝ても寝たりない感じ。
体が重い。
昨日、遊んだツケが回ってきている感じ。
やっぱりまだまだ体力がないな。
夕飯に起こされて、食べたけど気持ち悪い。
もっと寝ていたい。
でもあんまり眠ると、夜眠れなくなるから
少しは頑張って起きていようと思う。
ああ、だるい・・・。
口を利くのも、かったるい。
5/19/2007/sat
親友Tと彼氏と三人で昼間から遊んでた。
二時に駅で待ち合わせて、サイゼリアで昼御飯。
それからカラオケ二時間。
最後に居酒屋で飲み会。
私の覚えてない部分の話とか
お見舞いに来てくれた時の話とか、
Tが入院してたときのことやら、なんかいっぱい喋った気がする。
まだ舌がもつれるので、うまく喋れないんだけど
全く声が出ないときより断然マシ。
今日はいっぱい喋った。
声が出ないときは、伝わらないので単語連発だけだった。
アツイ、とかサムイとか、ヨクネムレマセン、とか。
ナースさんにも聞こえてるのかわからなかった。
今はもう声が出る。
話が出来る。
コミュニケーションって大事なものだったんだ。
話が出来るなんて奇跡みたいなことなんだ。
そう実感できる。
Tに退院祝いに花をもらった。
すごく嬉しかった。
本当に退院したんだなぁと思えた。
お見舞いに来てくれたときは、声も出ないし酸素マスクしてたから
ロクに話もできなかった。
その日は一緒に帰って、外泊出来るものだと思ってた。
自分がどんなに重病人なのか、わかってなかった。
自分の足で歩けると信じてた。
そんな一週間以上に寝てて、まだ目覚めたばかりなんて思ってなかったから。
その日からの記憶がある。
その前はただ泣いてばかりいたことしか覚えてない。
彼氏や母が見舞いに来てくれてたことも、忘れてしまっていた。
だから会うたびに泣いてたと思う。
Tと一緒に彼氏と母と4人で病院から出て、
デニーズかなんかで御飯食べて、おうちに帰れると思ってた。
それが違うと知ったとき、また大ショックを受けた。
置いてけぼりにされる、また一人になってしまう、と。
自分がどんなに弱っているのか、全然わかってなかったんだ。
ただ寂しかった。ただ悲しかった。
それから起き上がれるようになって、昼間はベッドを上半身起こす形にして
寝ないようにされた。
昼間寝てしまうと夜眠れなくなるから。
でも苦痛そのものだった。
何もすることがないし、ついつい独り言を言い出して止まらなくなるし。
御飯も食べないから、一日にメリハリはないし。
つい眠り込んでしまうと、「deeさん!寝ちゃダメでしょ!」と怒られるし。
何度か違う科に移されたような気がしていたが、それも夢だったようだ。
ずっと救急科にいたらしい。
ただ部屋が移動されてただけみたい。
夢と現実がまだゴッチャになっている。
5/18/2007/fri
眠くて仕方ない。
いつも早くに起きてしまい、七時半には起きてしまうんだけど
昼頃には眠くて、お昼を食べてから、いつも眠ってしまう。
それで夕方まで目覚めない。
眠剤が残っているのか、疲れているのか。
夜ももう九時には眠くなってしまう。
早すぎ。
完全に病院での生活習慣が残ってるな。
それでも頑張って11時までは起きている。
あんまり早く起きてしまっても困るから。
明日は友達と午後から会う約束をしているから、
午後に眠らないようにしなくちゃ。
体力がまだまだついてこない。
何をやってもすぐに疲れてしまう。
こんなんじゃ、彼氏と約束してる温泉旅行なんて
まだまだ無理なんじゃないだろうか・・・。
それを楽しみに退院を目指してたのに。
でも、体力が無いからって、退院したくなかったかっていうとそれはない。
病院では自由に歩き回れないし、何をするにもナースさんの助けを呼ばなくちゃならなかった。
それじゃ、いつまで経っても同じところぐるぐる回ってるだけで、何処にも辿りつけない。
今でも、眠り込んでいた間に見てた悪夢と現実の区別がついてない。
私の真実は何処にあるのだろう。
5/17/2007/thu
今日は体が重くならなかった。
薬が合ってきているのかな。
夢を見た。
幼馴染達と一緒の家に住んでいて、別の棟に住んでいる。
列車が出るんだけど、私だけ先に出ることになっていて、幼馴染達が見送りに来ていた。
駅弁を買ったんだけど、車内販売で売りに来る。
お土産はないですか、と聞くと後ろの車両で売っていると言う。
後ろの車両に行くと、車両が切り離されてしまって、取り残されてしまう。
夢は毎日見てるんだけど、朝のタバコ一本吸い終える頃には、もう忘れてる。
今日の夢はなんか印象的で象徴的だ。
なんかやたらお腹空いてて、間食ばかりしていた。
せっかく入院生活で痩せたのに、あっという間に元に戻りそう。
痩せたまんまじゃ体力が戻らないから、いいんだけどね。
彼氏が私を写メで撮った写真を見ると、やつれ果てた顔をしている。
我ながら気味が悪い。
夕御飯が終わってから、ママの友達の家に行った。
韓国旅行するから、その間蘭の世話をしてほしいから、その鉢を受け取りに行ったのだ。
彼氏が運転して三人で行った。
私もお見舞いの花をもらっていたので、挨拶に出た。
その人が飼っている犬のユキも出てきた。
すごい人見知りらしいんだけど、私にはすぐに懐いて、頭なでろ〜と頭を差し出してくる。
帰りにファミレスに寄って、デザートとお茶した。
斜め前に子連れのヤンキー親子がいて、その子共がこっち見るから、
百面相して遊んでたら、何度も振り返って見てた。
帰りにバイバイと手を振ったら、振りかえしてくれた。
子共と獣に懐かれる私であった。
みんなが諦めかけた頃に目覚めた自分。
神の存在を信じてしまいそうになる。
今、こうして生きていることが奇跡。
自分で自分のこと出来ることが奇跡。
ベッドに釘付けにされていた二週間前とは、全然違う生活。
なんでも自分でやってみないと出来るものも出来なくなってしまう。
最初は不安だった。
退院の日、自分で着替えが出来なくて、母に全部やってもらっていたことが
今ではもう嘘みたいに思える。
一人で出来ること、たくさん出来たけど
体力がないから、すぐに疲れてしまう。
一歩一歩、ゆっくり歩けばいいんだよ。
そう思っても気は焦るばかり。
5/16/2007/wed
一日寝てた。
昨日の通院の疲れか、体が重くて仕方なかった。
まだまだ体力がない。
手足の自由が少し利くようになってきた。
前は寝返りうつのも、大変だったのに、今はちゃんと自然に出来る。
手足も義足でも履いてるみたいだったけど、
今は自分の足って感じがしてきている。
でも体力の無さはどうしようもない。
心に体がついてこない。
指先の震えも取れない。
一人にされると不安で指先の震えがとまらなくなって
何故か、うなり出す。
う〜う〜う〜ん、とうなりだすのを止められない。
全くやっかいだ。
まだ自分の体を持て余してしまう。
うまく制御出来ない。
耳がすぐにおかしくなる。
気圧の変化で片耳だけ塞いだようになる。
アクビするとなるんだけど、これがまたなかなか治らない。
何か飲み物飲むと治るらしいんだけど、治らない。
時間が経って、耳のことを忘れてると治ってるって感じ。
まだ本調子になるには時間がかかりそうだ。
5/15/2007/tue
精神科の通院日。
10時半に着いたのに、もう15人もの名前が書いてあった。
えー・・・診察一時からだよ・・・?
車で近くのファミレスで御飯食べて、
今度、温泉旅行に行くので、旅行専門誌を隣のコンビニまで行って買ってきて
二人でココがいいとか、高すぎるとか相談してた。
それからカラオケ2時間。
さすがに2時間はつらかった。
まだまだ体力がない。
マイク持つ手がだるくて仕方なかった。
両手で押さえてるんだけど、重くてブルブル震えてしまう。
マイクスタンドが欲しかった。
カラオケ2時間もしたので喉がガラガラになってしまった。
二時半頃、病院に戻ったけど、まだあと5人目です、と言われガックリ・・・。
でもそれからは意外と早く呼ばれて、先生と話した。
起きぬけがつらくて、体が重い、二度寝してしまうと言ったら
弱い眠剤にされてしまった。
また早く起きてしまうな・・・。
何も覚えてないことが不安だと言ったら、
覚えてないことは重要ではなく、今現在生きていることを考えなさいと言われた。
でも、彼氏や母に思わず、どうだったのか聞いてしまう。
深夜に起き出して廊下に壁に寄りかかって立っていたそうだ。
その後は、彼氏が自分の布団に寝かせて、ママを起こしたそうだ。
それで救急車を呼ぶことにしたようだ。
最初は返事もしてたらしい。
それが一週間以上も眠り続けることになるなんて思わないだろう。
救急車で、受け入れ先がなくて一時間半くらい待たされたそうだ。
その間にも、私が飲んでしまった薬は胃に溶けてしまった。
もし、彼氏が私を朝まで起こさなかったらどうなっていたのだろう。
私はあっちの世界に逝けたのだろうか。
でもそうはならなかった。
まだ私はあっちの世界ではお呼びじゃないみたいだ。
こっちの世界に未練たらたらなのは、私なんじゃないだろうか。
死にたいと想いつつ、それ以上に生きたいと強く願っているのではないだろうか。
生きたい生きたいと。強く強く。想っているんじゃないだろうか。
同じこと繰り返すのは、生きている証が欲しいんじゃないだろうか。
私は生きて「幸せ」が欲しいと、貪欲に強く願っているんじゃないだろうか。
自分がよくわからない。
5/14/2007/mon
病院での生活がまだ身についてて、早く起きてしまう。
何もすることないから、昼頃まで寝てしまいたいんだけど、
七時半には起きてしまう。
病院では六時には起こされてた。
少しネットをさすらってから、少し御昼寝して、
彼氏と銀行に行った。
昼過ぎだったので、モスバーガーで御飯にした。
それからカラオケ一時間してきた。
この前よりも、もう少し声が出てきた。
だんだんと一人でやれることが多くなっていって
病人扱いはされなくなっていく。
一週間眠り込んでいて、医師には「このまま植物人間になるかも」と言われたとき
私の体がピクリと動いて、涙を流したそうだ。
医師が、「このこ、生き返ったよ!」とびっくりしてたらしい。
私が眠り込んでいた間、いろんなドラマがあったみたいだ。
目覚めてからもいろいろあったけどね。
覚えてないことと、夢であったことと、現実にあったこと。
全部めちゃくちゃになって、よくわからなくなってしまっている。
泣いてばかりいたのは覚えている。
目覚めて、どうして一人でこうして寝ているのかわからなかった。
どうしてここに母がいないのか、わからなかった。
そんなとき、看護士さんに「今、何年ですか?」と聞いたら
「2017年よ」と言われて、大ショックを受けたのを覚えている。
多分聞き違ったのだろうけど、私が覚えている年から10年も経っていただなんて、と大泣きした。
その日の夕方、母と彼氏とが来たときに、それを泣きながら言ったら、
「大丈夫、2007年だよ、今は。10年も経ってないよ」と彼氏に言われたのを覚えている。
その頃は泣いてばかりいた。
一人でいるときも、母と彼氏が来てくれたときも、泣いてばかり。
ある日、もう泣かないと決めた。
泣いていても、何にもならないとわかったから。
それからは泣くことが懐かしくさえ思えるようになった。
もう簡単に泣くことが出来ないから。
5/13/2007/sun
一日寝てた。
連日出かけていたので疲れてしまったのだろう。
夕食後、母の日ということで、彼氏と二人で一緒に花屋に行って
カーネーションを買ってきた。
父はケーキを買ってきていたので、
三人で一緒に食べた。
おいしかったけど、量が多すぎて、気持ち悪くなった。
とにかく眠い。
5/12/2007/sat
母と買い物に出た。
夏用のTシャツが全く持ってなかったので、買いに行ったのだ。
あんまり長く歩けないから、その辺のヨーカドーで済ませた。
心療内科に行っていた彼氏と待ち合わせて、デニーズで昼御飯。
結構疲れた。
帰って少し寝た。
夕方頃起き出して、ネットをやっていると、母が来て
今日の夕飯は父が見つけたイタリアンの店で食べることになったと言う。
私はそれでもよかったんだけど
注文した品がなかなか出てこなくって、短気な父は料理が出る前に帰ってしまった。
この酔っ払いめが。
酒の入った父は本当に始末に負えない。
出てって、2、3分で料理が出てきた。
母と彼氏でそれを食べてた。
何も心配いらないよ、とか大丈夫だからとか、いつも言う父なのに、この始末。
本当に心が削られる。
いつもシラフならいいのに。
いつもシラフならシラフで始末に負えないところもあるけど。
父には感謝している。
こんな娘でも愛してくれるから。
なのに、そういう瑣末なことで、こっちが傷つくのをわかってない。
そうそう完璧なものなど、ありはしないのだ。
5/11/2007/fri
今日は駅の反対側にある本屋に行ってきた。
結構歩けるようになったけど、体力がまだまだついてこない。
三週間あまり、ベッドに釘付けにされていたから
足を使うと筋肉痛になる。
その筋肉痛も少し和らいできた。
まだ退院して一週間しか経ってないのに
あの苦痛に満ちた入院生活が懐かしくもある。
何もすることが無く、ただベッドに横たわっていた。
何をするにも看護士さんの助けが必要で、一人じゃなんにも出来なかった。
決まった時間に面会に来てくれる彼氏と母。
絶対よくなるからと言って励ましてくれた。
私が眠り続けていた間に来てくれた友もいる。
目覚めて初めて来てくれた友もいる。
みんな大切な人。
大事な時間を無駄にしてしまったけれど
全部が全部、無駄ではない。
手足の自由が利かない、この体。
忘れやしない。
眠り続けていた間に見た悪夢も忘れやしない。
精神科病棟に閉じ込められていた夢。
裁判にかけられて、敗訴した夢。
ゴミのように捨てられた夢。
何が現実で何処までが夢だったのかさえ、分からずにいた。
意識のあった日から何年の月日が経ってしまったのかさえ、分からずにいた。
それが今は平和にネットで遊んでいられる。
私のことを想ってくれていた人々のおかげ。
なんで信じられなかったのか。
なんで一人で絶望してしまったのか。
これからはその人々のために生きよう。
生きる意味なんかないけど、死ぬ意味だってないんだ。
5/10/2007/thu
今日も外に出た。
駅の反対側にあるミスドを目指して歩いたんだけど
改装工事中だった。
仕方ないので、不二家でケーキを食べた。
たくさん歩いた。
前だったら、こんな距離なんてことなかったんだけど
今はこんな距離でも長旅だ。
途中、眩暈を起こした。
今はいつでも眩暈するんだけど。
気持ちが落ち着かない。
何かしてないと、またおかしくなってしまいそう。
ベッドに横になって寝ていないと、不安でいっぱい。
また一人立ち出来るだろうか?
また仕事に行けるようになるだろうか?
不安不安不安。
5/9/2007/wed
今日は外に出て、CDの予約と美容院に行ってきた。
伸び放題だった髪にサヨナラ。
やっとサッパリした。
帰りに一時間だけカラオケもしてきた。
まだ声が元に戻らないので一時間だけ。
それでも、ちゃんと声聞こえてるよって彼氏が言ってくれた。
よく歩いた。
こうやって歩かないとリハビリにならないからね。
怖がってベッドに釘付けになってると病院にいるのと変わらない。
動かなくちゃ。
精神科の病院に行って、薬貰ってきたから気持ちは落ち着いてる。
でも、思い出せないことが多すぎて不安になる。
何故、あんなことしたんだろう?
何を想って、絶望してしまったんだろう?
あちこちにサヨナラの挨拶を書き込んでまで、この世界から去ろうとしたんだろう?
思い出そうとしても無駄。
だって覚えてないんだもの。
事実だけなら教えてもらったけど。
心の真実まではわからない。
5/8/2007/tue
萎えた手足を引きずって、今日も過ごす。
まだ震える指先。
箸を持つ手がぶるぶる震えて、食事をするのも一苦労。
歯磨きするのも一苦労。
まだ自分が何をしたのかさえわからない。
思い出せない。
最初は今何年経って、今こうしているのかさえわからなかった。
また精神科の病院に入院してるかと思ってた。
何故また入院してるのかわからなかった。
今はだいぶ母と彼氏に教えてもらって、それでもまだ思い出せない。
一週間くらい寝たきりになってたらしい。
薬の大量服用をやらかして、救急車に運ばれたらしい。
何故大量服用をやってしまったかは不明。
気がついたら、病院のベッドの上だった。
その間、ずっと悪夢を見続けていた。
何が本当で、どこまでが夢なのかわからない。
5/6/2007/sun
帰ってきたよ。Mad Dragon。
まだ全身の自由が利かないまま。
わずかにタイピングが出来る程度。
失ってから初めてわかるもの。
それは全身の自由。
思う様に動いてはくれない指先。足。手。
風呂に入ることさえ、ままならない。
失って初めてわかること。