/30/2011/sat
今日は、母が退院後、初めての通院日。
傷を診て貰ったら、もうだいぶ治ってるから、お風呂に入ってもいいですよと言われたそうだ。
でも、傷口は、まだ治ってない。
来月に、会社に行けるかなあ。
お掃除のおばさんだから、雑巾絞ったりしなくちゃいけないからね。困ったな。
今日は、昼寝したら、ものすごくだるくなってしまって、夕飯作ってるとき、とても不機嫌になってしまった。
ママ、ごめんね。
4/29/2011/fri
昼頃に起きて、パンを食べた。
少し昼寝して、母と出掛けた。
風呂のバスタブのふたが、壊れてしまったので、ホームセンターに買いに行ったのだ。
しかし、帰ってみたら、サイズが微妙に小さくて、母が慌てて取替えに行った。
前の職場の人に、本を返すのに、メールをしたら、急遽今日に会うことになった。
隣の駅の人で、私が借りた本を返すのに、わざわざこっちの駅まで来てくれるという。
ありがたいです。
電車は嫌いなんです。
20時頃に、駅近くのジョナサンで待ち合わせ。
それから、23時くらいまで、話し込んだ。
3/11の大震災のあと、職場はどうしたのかとか、結婚したそうだけどどうしたのかとか、いろいろ話をした。
まだ、「友達」とは言えないかもしれないけど、長く付き合えたらいいな。
返した本の倍くらい、また貸してくれたので、まだ糸は切れない。
父のことで、落ち込み気味だったけど、少し元気になれた。
「誰か」と会うのは、重荷な気分だけど、実際に会うと楽しいものだ。
私は、普段から引きこもりだからいけないね。
母が入院してるときも、用が済んだら、寄り道もせずに、まっすぐ家に帰ってた。
家に閉じこもり気味なのは、よくないね。
4/28/201/thu
昨日、夕方に休みで飲んだくれていた父と、私と買い物に出ていた母が、つまらないことで口論となって、怒鳴りあっていた。
私は、久々に死にたくなった。
やだもう。
GWで、父が家にいる日が増える。
もうやだ。
4/26/2011/tue
断眠。
なんか眠りが浅い気がする。
でも、結局起き上がったのは14時頃。
少し遠くの皮膚科に行こうと思って、母に車で連れてってもらった。
でも、二時間半待ちですと言われてしまったので、やめた。
ミスドがあったのに、もうなくなっていたから、イタリアン料理屋さんに入って、ケーキを食べた。
家に帰ってきて、だるかったので、30分昼寝しようとしたけど、眠れなかった。
夕飯の支度。
やはり、家に母がいると、どうしても家事の主役は母になってしまう。
何してても、母が横から手を出してくる。
私がやってんだから、口出さないでよ!と思ってしまう。
ふう。家族って難しいよね。
私は、自己中だから、なんでも自分が主役でないといられないんだな。ダメな性格。
今日のご飯は、大根サラダと鰹の刺身と納豆。
父が、退院祝いにまたケーキを買ってきた。
いらんっつーのに。
でも、それが、彼の愛の示し方なんだろうな。
お布団の上げ下ろしも、父がやっている。エライね。
お風呂入っている間に、大きな地震がきた。
焦った。
関東は、まだまだ地震が耐えない。
いつどうなるかわからないな。
4/25/2011/mon
断眠。
13時頃起きた。
だるくてだるくて仕方がない。
昼寝して、17時半に起きた。
何もしなくていいって言ってるのに、結局母は家事に手を出してくる。
主婦の本能ですかね。
夕飯の食卓は、一週間ぶりに賑やかになった。
少し母が手を出すだけで、瞬時に品数が増える。
片付けだけは、私が全部やった。
なんだか眠い。
なんだかダルイ。
Dの命日。
生まれ変わっているといいな。
4/24/2011/sun
今日は、母の退院の日。
朝は、7時に起きた。
8時に、父と車で病院に、母を迎えに行った。
母は、まだパジャマのままだった。
父は談話室に行って、テレビ見てると言った。
私は、母の荷物をまとめていた。
母は、一生懸命メイクしてた。
そんなの後でいいのに、と思うけど、母の年代では外に出るときは絶対に化粧してないと歩けないと言うんだな。
同じ病室の人たちに挨拶して、看護師さんたちにも挨拶して、外に出た。
イイ天気。
三人で車に乗って、家に帰った。
父は10時前に、会社に出かけていった。
母と私は、11時頃に買い物に出掛けた。
ヨーカドーのカフェでお昼ご飯を食べて、いろいろ買い物をした。
私は、かばん屋を適当に見てたんだけど、1050円で小さめのリュックがあったので、買うことにした。
ポケットいっぱいあって、肩にもかけられる形だった。
なんか、久しぶりに自分のもの買って嬉しいな。
母が春物の服を買ってくれると言ってくれたんだけど、気に入ったものがなかったので買わなかった。
家に帰って、14時に母の友達が来るというので、お茶とお菓子を用意して、私は昼寝した。
でも、あんまりよく眠れなかった。
16時半頃に起きて、コーヒーを飲んでいた。
最近、私の体に湿疹がたくさん出来て、とても痒いのでタウンページで皮膚科を探した。
近くにはないなあ。
もう一ヶ月くらいになるんだけど、だんだん体中に広がっていってしまい、今では痒くて仕方ないので、少し遠くても行かなければいけない。
大河ドラマを見た。
もう4月も後半なのに、全然面白くならない。
やっぱ時代劇で、女が主人公の話はイマイチ盛り上がらん。
21時になって、お風呂の準備した。
そしたら、緊急地震速報発令。
揺れに備えてたんだけど、空振り。
またですか。まあいいですけど。
その後、母がお風呂に入った。
右手をビニールで二重にくるんで、入っていた。
後で洗濯して、お風呂掃除をしよう。
私は家事のなかで、お風呂掃除が一番好きです。
4/23/2011/sat
11時くらいに、母からメールがきて起きた。
「明日、退院します」とのこと。
担当医が、午前中にきて、手の治り具合を見て、もう退院していいですよと言われたそうだ。
でも、今日は雨が降っているので、母は退院を拒否。明日にしてくださいと言ったそうだ。
そのまま眠ってしまって、13時頃に起きた。
またコーヒーを淹れて、母の病院へ行った。
大雨が降っていた。
私が外に出ると、小ぶりになった。
母の右手は、昨日までのソフトボール状態から、包帯を変えてもらって普通の包帯になっていた。
なんか、紫っぽくなっていたけど、傷口の治り具合はいいそうだ。
なんか、抜糸とかしないみたい。
16時頃までいて、母と話をしていた。
雨が小ぶりのときを見計らって、また外に煙草を吸いに行った。
ヘビースモーカーの母も、一日一本の煙草でも平気じゃん。
このまま、吸う本数が減ればいいけど。
まあ、無理か。
明日、退院で、父も朝は10時までに地元の会社に行けばいいので、父が運転して車で迎えに行くことになった。
私が運転してもいいんだけど、車庫入れが出来ない。
前から突っ込むことは出来るけど。
おかしいなあ。前までは、一人で東京を横断したりしてたんだけどなあ。
5年以上、それよりもっとかな、運転してないからなあ。
ヨーカドーで買い物して、家に帰った。
途中から、雨が大降りになって、びっくりした。
はいてたジーンズが膝から下が、びっしょりになってしまった。
でも、こんな天気の日に歩いたのは久しぶりだったので、なんだか楽しかった。
帰ってから、夕飯の支度。
今日は、父が遅くなると言っていたので、ボンヤリしていたら、遅くなる予定が、30分早まってしまったので、大急ぎで支度。
麻婆豆腐と小松菜の和え物と山芋の千切り。
母がいない食卓は、今日で終わりだ。
一週間弱、よくやったと、自分でも思う。
母は、しばらくは右手が使えないので、私が家事をやるのは変わらないんだけど、いるのといないのとじゃ全然違う。
でも、父は母がいないと何もしないだろうと予測していたが、ちゃんと朝ご飯の支度をして、洗い物もして、洗濯物まで取り込んでくれた。
びっくりした。
まあ、期間限定だったからかもしれないが、父もよく頑張ってくれた。よかった。
今日は、一人お風呂が最後の日。
ゆっくり入ろう。
洗濯物も、片付けなければ。
4/22/2011/fri
今日も、15時の面会時間に間に合うように行った。
タンブラーに二杯分のコーヒーを淹れていった。
行ってみたら、母がいなかった。
そしたら、奥にいた入院患者のおばさんが「シャンプーに行ったわよ」と教えてくれた。
でも、なんかそっぽむいたままに言ったので、「ん?私に言ってるのか?」と思ってしまった。
お礼を言って、談話室から椅子を持ってきて、座って待ってた。
そしたら、シャンプーを持った母が戻ってきた。
私が淹れていったコーヒーを、2人で飲んだ。
ここんとこ、私の中ではコーヒーブームだ。
当然インスタントなど飲まない。
バリ島に行った時に買った、バリコピを淹れて飲んでる。
普通のモカブレンドなども飲んでいる。
うちに封を切っていない挽いた豆の袋があったが、賞味期限が2008年だった。
新しいコーヒー買ってこようかなあ。
昨日の夕方に、父が買ってきた鯛焼きをわけて食べた。
それから、談話室に行って話しこんだ。
今日は曇り空。
明日に、担当医の先生に手を診てもらうが、明日退院ってことはなさそうだ。
看護師さんも、その日に見てその日に退院ってことはないんじゃないかなあって言ってた。
最初は、3日で退院出来るって言ってたくせに、嘘つきだ。
なんでもいいから、早く退院して欲しい。
家事をやるのは、全く構わないんだけど、夕飯のメニューを自分ひとりで考えなくちゃいけないのが苦痛だ。
それは、毎日母がやっていたことだけど。
私はまだまだ、主婦になれないなあ。
また病院の裏に回って、母と2人で煙草を吸った。
16時半頃に、家に帰った。
17時過ぎに、父から電話があって、銀行と母の病院に寄って帰るので遅くなるとのことだった。
今日の夕飯は、さわらの焼き魚とエビチリと玉葱の味噌汁。
19時過ぎに帰ってきた父といっしょに食べた。
「deeちゃんは料理がうまくなったな。いてくれて助かってるよ」と言って、褒めてくれた。
小さなことでも、家事をやってて褒めてくれると、とても嬉しい。
明日も頑張るね、と思える。
生ゴミと燃えないゴミを、まとめてゴミだししてきた。
それから、お風呂に入った。
次に誰か入る予定のないお風呂は、なかなかいいものだ。
好きなだけ、ボーっとしていられる。
母がいても、時間を気にせずに入ってるけど、一人というのも贅沢なものだ。
お風呂あがって、洗濯をした。
明日は雨なので、最小限の下着とか小物だけ洗濯した。
明後日は、久しぶりに晴れる様子なので、明日の夜に衣類やタオルを洗濯しよう。
4/21/2011/thu
午後3時からの面会時間に間に合うように、病院へ行った。
母は、病室にはいなくて、談話室に友達といた。
私も顔見知りの人だったので、一緒に話をした。
一階の売店で、缶コーヒーを三人分買ってきて、お見舞いに持ってきてくれたお菓子を食べた。
1時間くらい話して、帰った。
また病院の裏で、母と2人で、こっそり煙草を吸った。
家に帰ってきて、ご飯を炊く準備をした。
テレビ見てた。
17時半くらいから、お味噌汁作って、野菜を切って、お肉の準備をした。
それに、冷奴を作った。
父は19時近くになって、帰ってきた。
母の病院へ寄ってきたようだった。
夕飯のメニューはご飯と味噌汁と肉野菜炒めと冷奴。
一生懸命に作ったけど、貧相な食卓だわ。
やはり、母は偉大であった。
明日はどうしよう。
4/20/2011/wed
昨日の夜、遅くまで起きていたので、昼過ぎに起きた。
ダルイ。
コーヒーを飲んでから、母の病院に行った。
近くて便利なことだ。
スタバで、マイタンブラー二個で、母と私の分のアイスチャイを買っていった。
母は起きていて、一緒にサンドウィッチを食べて、話してた。
病室は暑いというので、廊下の突き当たりの、談話室みたいなとこでおしゃべりをした。
そして、病室に戻ってみると、母の友達が来ていた。
あらあら、待たせてしまったわ。
お茶を入れて、私は家に帰った。
父は、居間でうつらうつらしていた。
昨日は、自分で使った食器を片付けてくれていたのに、酒が入った父は何もしないので、台所に汚れた皿が満載になっていた。
それを片付けて、アニメを見て、17時半になったので、再度病院へ向かった。
コンビニで、蕎麦を買っていった。
18時が、母の食事の時間なので、一緒に食べた。
何かおかずを買ってくると言ったんだけど、忘れてしまった。
昨日の夕飯は、まだましだったんだけど、今日の夕飯は、まずそうな魚だった。
しまった、何か買ってくればよかった。
母の友達は、マスクメロンを買ってきてくれていた。
お見舞いの品が、メロンだなんて、昭和な人だなあと思った。
私は、メロンはあまり好まないので、困ったな。
今日は、私が持ってかえって、明日に一口サイズに切って、母のところへ持っていくことになった。
もう暗くなったので、母と一緒に、一階までおりた。
見えないところで、煙草を吸おうという魂胆なのであった。
病院は敷地内完全禁煙なので、裏口を出て、すみっこの植え込みのところで、煙草を吸った。
母は、最初むせていた。
やっぱり、母に禁煙は無理ね。
私も無理だけど。
明日、医師に手の具合を見せる日だとのこと。
担当の医師は、火曜と土曜にしかいないので、退院は早くても土曜日。
傷の治りが遅い場合は、次の火曜日だ。
なんか、火曜日になりそうだな。
嫌だな、早く帰ってきて欲しい。
最初は三日くらいと言っていたのに。医者は嘘つきだ。
お風呂に入って、洗濯をしよう。
4/19/2011/tue
朝は7時半に起きた。
父が起きていて、自分で朝食を食べていた。
トースト焼いて、牛乳温めるだけは出来るのはわかってたので、ほっておいたんだけど、ちゃんとトマトを切ってハムも切って食べていた。
洗い物までやっていたので、びっくりした。
8時15分過ぎに、一緒に家を出て、母の病院へ向かった。
母は、まだ眠っていた。
9時前には、手術室に入ってしまうので、時間ないから母を起こした。
父と母と三人で、昨日の夜のこととか話してた。
9時10分前に、看護師さんが迎えに来て、3階の手術室に行った。
ばいば〜い、と別れた。
手術はそんなに心配してないけど、麻酔から無事に醒めるかが、とても心配だ。
父と、駅のカフェでコーヒーを飲んだ。
私は、おなか空いてたので、トーストを食べた。
1時間くらい、そこでいろいろ話してた。
自分が入院したときの話や、父方の祖母が亡くなったときの話とか。
父は、祖母の話で涙ぐんでいた。
この人、酒さえなければいい人なんだよ。
父は、10時から地元で仕事なので、一緒に歩いていった。
私は、一端家に帰って、少し休んだ。
11時につくように、もう一回病院に行った。
そしたら、もう母が病室に戻ってきていた。
まだ酸素吸入器をつけていて、点滴にもつながれていた。
もう普通に話が出来るので、看護師さんがいなくなってから、話をしてた。
手術セットがいらなくなったので返品し、新たに腕を吊る三角巾を二枚買ってきた。
母の右手は、まるでソフトボールを入れたように、まん丸に包帯を巻かれていた。
どうしたら、こんな形になるのだ?
麻酔から醒めているとはいえ、起きたばっかりなので、やっぱりまだおかしくて、母は同じコトを何回も聞いてた。
テレビ雑誌を買ってきてあげたんだけど、他に読むものが欲しいなーと言っていた。
でも、母は本は字が小さくて読めないというし、漫画は読まないし、どうしたらいいんですかね?
雑誌かなんか買っていけばいいのかな。
12時過ぎに、再び父がやってきた。
母としばらく話して、私と一緒に近くのラーメン屋に行った。
付け麺を食べた。
ものすごく量が多かったんだけど、ぺロリと食べてしまった。
私、ホントによく食べるようになったなあ。
駅の近くの喫煙所で、父と煙草を吸って、家に帰った。
父は、仕事場に戻った。
またあとで、夕方に病院に行こう。
家に戻って、17時まで昼寝。
17時半には病院へ行った。
母は、起きてベッドに座ってテレビを見てた。
しばらく話してて、18時には夕飯がきた。
やっと母もご飯を食べられる。
この病院は、ご飯がまずい。
明日は、何かおいしそうなものを、おかずに買ってきてあげようと思った。
母は、左手だけで、箸を使って食べた。器用な人だ。
食べ終わって、コーヒーでも買いに行こうとしたら、エレベーターで仕事帰りの父に会った。
父は病室で待っててもらって、二人でコーヒー買いに行った。
病院の売店は18時までらしく、もう店じまいしていたが、缶コーヒーだけ売ってもらった。
病室に戻って、三人で少しおしゃべりしてから、父と私は帰った。
今日は、不安定な天気で、雨が降っていた。
しかも、ものすごく寒い。
私は、父と別れて、コンビニに行ってからマックでチーズバーガーとSポテトを買って帰った。
父は、お弁当を買って帰った。
明日は、父が休みの日で飲んだくれているので、夕飯はなし。
明後日に、また夕飯を作る。
それにしても、いっぱい心配したけど、無事に手術を終えられてよかった。
4/18/2011/mon
12時に起きた。
母が、昨日買ってきてくれたフランスパンを焼いて食べた。
仕事を午前中に終えて、母が帰ってきた。
今日から、母は入院する。
手のひらに大きい腫瘍が出来ているので、それを取り除く手術をするのだ。
入院期間は、3日から1週間。経過を見て決めるらしい。
1時半に、荷物を持って、駅の向こう側の大きい病院まで歩いていった。
私が車の運転出来ればよかったんだけど、車庫入れ出来ないから。
入院受付で、書類を出して、病室に案内してもらった。
8人部屋の真ん中。
事務の人から説明。看護師さんから説明。手術室の看護師さんから説明。麻酔科の先生から説明。
同じコト何度も聞かれて答えたよ。
看護師さんも先生も、母の手の腫瘍を見て、一様にびっくりする。
「こんなに大きいんですか!?」と言う。
病院の人にびっくりされると、こっちもびっくりしてしまう。
そんなに珍しいデスカ。
この病院は、全館禁煙なので、煙草のみの母はちょっと苦しい。
命に関わる手術ではないので、お気楽そうにしてるけど、やはり全身麻酔なので不安だ。
目が覚めなかったらどうしよう・・・。
明日、朝9時から11時まで手術。
もう手術室にいるうちに、麻酔から醒めるらしい。
怖いなあ。
16時になったので、私は歩いて家に帰った。
夕飯のカレーを作った。
洗濯物を取り込んでたたんだ。
生協の荷物を整理した。
18時半過ぎに、父が帰ってきた。
病院に寄ってきたが、母が眠っていたので、そのまま帰ってきたらしい。
2人分のカレーをよそって、2人で食べた。
久しぶりに作った割には、おいしく出来た。
父も、多めだったのに、完食してくれた。よかった。
明日は、朝から母の手術があるので、一日付き添うので、夕飯はお弁当にする。
手術がうまくいきますように。
そして、早く傷が治りますように。
4/17/2011/sun
昨日、なかなか眠れなくって、深夜まで起きていた。
でも、今日は12時に起きた。
母と花見に行く約束をしていたのだ。
母が買ってきてくれたパンを焼いて食べた。
それから出発。
車で、市内の桜の名所を見て回った。
もうほとんど葉桜だ。
公園に入って、満開の白い桜の木の下のベンチでボーっとした。
いい陽気だね。
気持ちがいいな。
それから、また車で移動。
桜並木の中にあるファミレスで、お茶した。
帰ってきて、少し昼寝。
夕飯の手伝いをした。
明日から、私がやらなくてはならないのだ。
大河ドラマを見てから、お風呂に入った。
お風呂好きの関西のお父さんのことを思い出していた。
旦那は一人で何をしているだろう。
私はもっと優しい人間になりたい。
4/16/2011/sat
新幹線に乗った疲れで、一日寝てた。
たった2時間半とはいえ、長距離移動は疲れる。
眠ってる間に、けっこう大きい地震があったが、本棚の上に置いてあるブーツの箱が落ちてきたら起きようと思っていたが、落ちてこなかったので、そのまま眠っていた。
夕飯に起こされたが、何を食べていたのか不明。
すぐに夕寝した。
22時頃起きて、旦那とスカイプ。
旦那は、甥っ子ちゃんにラルクのライブ映像見せると言ったので、スカイプは切った。
まだ眠い。
4/15/2011/fri
昨日の夜、3時半くらいまで、旦那と話してた。
旦那は、すっかり鬱に嵌ってしまっていた。
こんなにもナイーブな人なのに。わかっていたつもりだったのに。全然わかってなかったんだね。ごめんね。
朝は、9時半に起きた。
二階に行って、顔をあらった。
お母さんに挨拶した。
それから、部屋で煙草を吸っていた。
それだけで、30分くらいかかる。
メイクをして、服を着替えた。
旦那が起きて、「もう行くんか〜」と聞いてきたので、「うん、そろそろ行くね」と言った。
二階のお母さんにも、ちゃんと挨拶に行った。
お父さんにも、手を合わせた。
お母さんが「Hくん(旦那)は?」って言うから、「まだ寝てます」と言った。
「なんでやねん、送ってやりぃな〜」と言って、旦那を起こしにいった。
あらあら。
でも、旦那も「今日は昨日より、具合がいいから、送ってくよ」と言ってくれた。
2人で手を繋いで、新幹線の駅まで行った。
おみやげとお弁当を、旦那が買ってくれた。
ありがとうう。
そして、喫煙所で煙草を吸って、ホームでお別れをした。
私は、昨日まで、私なんかいてもいなくても同じだと思ってた。
私がいなくて寂しいって言う、旦那の気持ちを本当にはわかってあげてなかった。
旦那は、私がいなくなると鬱になってしまうくらい、私のことを想ってくれているんだ。
そんな人を、関西に置いて、私は関東へ帰る。
ごめんね、ごめんね。私は無神経だったね。
私は泣いて、サヨナラと手を振った。
またね、またね。必ず、関西へ戻るから。
新幹線が動いてから、ひとしきり泣いたあとに、旦那が買ってくれたお弁当を食べた。
今回も、新幹線はガラガラだった。
また地震が来たら怖い・・・と思いつつ、少し眠った。
なんだかよく眠れなかった。
窓の外を見て、あちこちで桜が咲いてるのを見てた。
うつらうつらしてるうちに、新横浜について、品川について、東京駅についた。
なんだか今回は速かった気がする。
平日の昼間なので、電車も全部座れた。
でも、駅のあちこちで節電してるので、なんとなく薄暗い。
それだけで不安になる。
地元の駅のカフェで、一人でお茶した。
重い荷物を持って、一人で家に帰った。
ああ、関東のおうちについた。
半月ほどいない間に、周辺が少し変わっていた。
旦那と携帯でメールしてるうちに、母が帰ってきた。
おかえり〜〜〜と抱き合って喜んだ。
旦那とスカイプして話した。
昨日より、だいぶ具合もいいみたい。よかった。
母と台所で、コーヒーを飲んで話した。
関西にいた間のこと。これからのこと。
父が18時半頃に帰ってきたので、今日は外食。
デニーズへ向かった。
関東の桜は、もう散り始めていた。
ご飯食べている間にも、地震が来た。
帰ってきて、早速地震か。
この先、一ヶ月以内に日本の何処かで、大きな地震が来るだろうと予測されているらしい。
備えをしましょうというけれど、どんな備えをすればいいのだ?
水とかだって、あんまり売ってなかったりするのにね。
毎日を生きていると、何もないようで、毎日何かしら思うことがある。
お風呂に入りながら、昨日の夜にお母さんと話し合ったことと旦那と話し合ったことを思い出していた。
私が、何か思ったりするように、他人だって何か考えたり感じたりしてるんだ。
考えすぎはよくないけど、もっと人の気持ちを考えていかなくちゃ。
弱いまんまじゃダメだ。
4/14/2011/thu
何度か断眠しつつ、昼前に起きた。
昨日から来ている弟さん夫婦は、まだ寝ていた。
でも、昼過ぎに起きて、お母さんと墓石の相談しに、どこかへ出掛けていった。
その前に、お母さんが「関東へ、はよ帰ってもいいんやで。ふたなのかはいなくてもいいし、49日だけいてくれればいいで〜」と言ってくれた。
私は、「あ、帰ってもいいんだ。私は、この家にいなくてもいいんだ」と思った。
早速、明日に帰ろうと思った。
もう、人の出入りが激しいことに、ストレスを感じていたのだ。
弟さん夫婦の、チエちゃんもいい人なんだけど、やはり疎外感を味わってしまうのだ。
そして、私は、二階でコーヒー飲みながら、パンを食べて漫画を読んでいた。
午後遅くに、目が覚めた旦那と一緒に、喫茶店にコーヒーを飲みに行った。
私が、明日に帰りたいと言ったんだけど、やはりダメだって言われた。
でも帰るって言い張った。
喫茶店の帰り、私は自転車で駅に向かった。
旦那はスクーターで、家に帰った。
駅で、明日の新幹線の切符を買って帰った。
家にいた旦那は、ものすっごい不機嫌。
結局、けんかになって、旦那が「もう帰ってこなくていい」というので、「じゃあ、もう帰ってこない」と売り言葉に買い言葉。
荷物をまとめて、宅配便に連絡した。
旦那は眠ってしまった。
弟さん夫婦とお母さんが、帰ってきた物音がした。
しばらくして、旦那が起きて、「二階に行って、ご飯食べてきなよ」と言った。
一人で、あの和に入るの嫌なんだけど・・・と思っていたが、一緒には来てくれなさそうだったので、仕方なく二階に上がった。
案の定、夕飯など食べていなくて、家に飾るお花をわいわいと生けていた。
買ってきた、ごまだんごをくれたので、お茶と一緒に部屋に持って帰った。
旦那は、「胸焼けがするから、いらない」と言って、食べなかった。
しばらくしてから、食器を片付けに二階にあがった。
そしたら、お母さんが、「あるものでご飯食べ〜」と言ってくれた。
旦那を呼びにいったけど、いらないっていうので、自分のぶんだけ、魚を焼いた。
お母さんが「Hくん(旦那)はどうしたん?」と聞くので、「なんか具合悪いみたいで」と言った。
魚が焼けるのを待って、高野豆腐に卵をかけたのを煮具合を見ていた。
そしたら、唐突に弟さん夫婦が「ほな、帰るわ〜またな〜」と言って、出て行った。
え?と思って、唖然としてしまった。
今日帰るって知ってたら、こんなに気使うこともなかったのに、肩透かしくらったみたい。
私は、なんでも先に先にと考えすぎなのだ。
夕飯の準備が出来たところで、旦那があがってきたので、「あ、食べる?」と聞いたら「うん」と言うので、魚を焼いた。
そこへ、お母さんが戻ってきて「deeちゃん、あのな、他の誰かがどうとか、疎外感感じるとか気にせんでいいねんで」と言った。
びっくりした。
旦那とお母さんが、何か話し合ったのだろう。
私が、自分は何も出来ないし、この家族のなかで疎外感を感じていて入れないとか思っていること、全部お母さんは言い当てて、「そんなん気にせんで、自分らしくいればいいんやで」と言った。
1時間くらい、お母さんと話し合った。
部屋に戻ってみると、旦那が一人でパソコンに向かっていた。
でも、「具合悪い」と言って、寝転んだ。
何かぶつぶつ呟いてるから、「何?」と聞いたら、「風邪じゃなくて、鬱の気がひどい」と言った。
それから、二人で話し合った。
旦那は、とにかく私がまだ関西にいると思ってたのに、突然意見を翻して、関東へ帰ると言ったことがショックだったと言う。
私は、いつも何か思い込むと、だーっとそのことばかり考えて、暴走してしまうからいけない。
法事に関係なく関東へ帰ってもいいんだって思い込んだら、そればっかり考えて周りの気持ちも気にせずに、暴走してしまう。
私がいなくなることで、旦那がどんなに寂しいって思うかなんて、考えていなかったんだ。
前にもこういうことがあった。
いつも、私は誰かの気持ちを考えずに、自分ひとりの気持ちで動いてしまう。
反省します。
旦那の気持ちを傷つけてしまった。
ごめんなさい。
本当に反省。
4/13/2011/wed
今日は少し遅くて、正午頃に起きた。
お母さんは、二階の台所で新聞を読んでいた。
洗濯してなかったので、私が洗濯して干した。
今日もいい天気。
今日は、旦那と桜を見に行こうと言っていたのだけど、なかなか起きないし、具合悪いのかなと思って、私も昼寝してしまった。
16時頃に、旦那に起こされて起きた。
さっと支度をして、二人で歩いて出掛けた。
近くの川に出て、川べりを散歩。
ところどころにある桜を見た。
もう暖かくて、春なんだなあと思った。
こうして二人で歩いていると、とても落ち着いた気持ちになれる。
二時間くらい歩いて、家に帰った。
今日は、お母さんが夜遅くまで仕事なので、二人で駅前のガストに行った。
買い物などもして、家に戻ると、弟さん夫婦が来ていた。
テレビを見てて、お風呂の支度をして、先に入った。
あがったころに、ちょうど母からメールが来て、スカイプで話をした。
関東では、まだまだ余震が続いていて、ここ何日かで、結構大きい地震もあった様子。
新幹線に乗るのが怖くなるなあ。嫌だなあ。
東日本の人々は、そんな思いを抱えて耐えているんだな。
ミクシのニュースでは、今は日本全国で地震が起きる可能性があるとのことだった。
恐ろしい。
4/12/2011/tue
午前中に起きて、洗濯をした。
とってもいい天気。
ほこりがたまっていたので、家中に掃除機をかけた。
関東の家のマンションと違って、一軒家に掃除機をかけるのは重労働だ。
疲れたあ。
それから、二階でコーヒーを淹れて、昨日お母さんが買ってきてくれためんたいこフランスパンを焼いて食べた。
二階は窓がいっぱいあって、春の明るい日差しが入ってきていて、とても気持ちがいい。
でも、まだ家の中にお父さんがいる気がするので、なんとなく一人でいるのは落ち着かない。
49日が終わるまでは、本人は家の中にいるって、お坊さんが言ってたし。
旦那が、具合悪いって言うから、ちゃんと病院に行きなよって言ってるのに、全然動こうとしないので、頭にきて、勝手にすれば!って言って部屋を出た。
玄関のところの部屋で、テレビを見ながら漫画読んでいた。
眠くなったので、部屋に戻って昼寝した。
そしたら、私が眠っている間に、旦那は起きて病院に行ったようだった。
風邪だか花粉症だかわからなかったので、ちゃんと病院に行ったほうがいいと言ったのだ。
風邪薬もらって帰ってきた。えらいえらい。
19時過ぎに、お母さんが帰ってきた。
おにぎりがたくさんあったので、それを食べながらししゃもとポテトサラダと牛のたたきを食べた。
お腹いっぱい。
旦那は、喉がつまると言って、おにぎりが途中で食べらなくなった。
困ったね。
明日も晴れるようなので、旦那の具合がよければ、近くの川に桜を見に行こう。
桜、早くしないと散ってしまう。
4/11/2011/mon
午前中に起きて、洗濯をした。
旦那も昼頃に起きた。
久々に、駅前の喫茶店に行って、お昼ご飯を食べた。
私はピザトーストを食べた。
旦那はハンバーグランチを食べた。
パンもおいしくって、アイスコーヒーも濃くておいしかった。
今度から、旦那が起きないときは、ココに来ようかなと思った。
家に帰ってから、少し昼寝しようとしたら、呼び鈴が鳴った。
出てみたら、目の前の工事をしているところの、警備員のおばちゃんで、「雨降ってきたから、洗濯物取り込んだほうがいいで」と言われた。
ありがたいけど、びっくりした。よく見てるな。
しばらく洗濯物は廊下に干しておいた。
それから、全部たたんだ。
もう19時くらいになった。
台所を見て、肉野菜炒めくらいなら出来るなと思った。
旦那に、夕飯作ろうと思うんだけど・・・と話した。
とにかく、ご飯がいっぱいあるので、おかずを作ればいいだけ。
一瞬、おかずだけ出来合いのものを買ってこようとしたけど、作ることにした。
ヨシ。
野菜切って〜お肉解凍して〜調味料探して〜鮭焼いて〜。
と二人で協力しながら、夕飯を作った。
途中で、お母さんが帰ってきた。
お父さんに供える用に、精進料理のパックを買ってきていた。
お母さんは、お昼ご飯に買ったお寿司を食べてた。
私の調理した肉野菜炒めも、食べてくれた。
ちょっと、キャベツが硬かったなあ。
でも、自分で料理出来て、ちょっと嬉しい。
今まで、誰かしら「他人」がいたので、台所に入れなかったのだ。
弟さん夫婦だったり、甥っ子ちゃんたちだったり。
私は、愛想はいいわりに人見知りなので困っている。
明日も出来たら、何か作りたいな。
4/10/2011/sun
午前中に起きた。
久しぶりに、朝から晴れて気温も高かったので、溜まっていた洗濯をした。
干してから、少しだけ昼寝しようと思い、横になったが、夕方まで眠ってしまった。
洗濯物を取り込んで、たたんだ。
眠ってた旦那も起きて、19時頃、お母さんが作っておいてくれたおにぎりを食べた。
お母さんも、昨日からいる甥っ子ちゃん兄弟もいなかった。
部屋でボンヤリテレビ見てたら、大勢の人が帰ってきたらしい物音がした。
お風呂を掃除して、さっさと入った。
そういえば、思い出したんだけど、昨日、お好み焼きを食べに行った帰りに、近所に建てている最中のオートロック式のアパートがある。
そこの前を通って、「ここに住みたいね〜」と話してたら、誰もいないのにオートロックのドアが開いたのだ。
ひーこわい。
4/9/2011/sat
今日は、お父さんの初七日。
旦那は午前中に仕事の用事があったので、早くに起きていた。
私も、11時には起きた。
洗濯物が溜まっているので、干したかったんだけど、まだ雨だったので、諦めた。
法要は16時からなので、少し昼寝をして、14時には起きた。
二階で、コーヒーを淹れて、一人でパンを食べた。
15時には、お母さんが仕事から帰ってきて、オニギリ作ったから食べ〜と言われた。
旦那とわけて食べた。
15時半頃に、弟さん夫婦と、弟さん一家がやってきた。
それから、お客さんも来た。
16時にお坊さんが来た。
つらいかなあと思ったけど、30分くらいで初七日の法事は終わった。
旦那は、喉が痛いと言って、具合が昨日から引き続き悪いので、すぐに部屋に戻って眠ってしまった。
私は、漫画読んでたけど、寒くなったので、布団にくるまっていたら、少し眠ってしまった。
来週には、母の手の手術があるので、週末には関東へ帰らなければならない。
旦那が具合悪いのが気になるなあ。困ったなあ。
21時頃に、旦那が起きて、二人でお好み焼きを食べに行った。
500円でおっきいお好み焼きが食べられる。
今日はまた、弟さん夫婦やら甥っこちゃんたちがいるので、避難。
私も旦那も、大勢は苦手。
二人で静かな生活がしたいなあ。
4/8/2011/fri
11時半頃に起きた。
雨が降っていたので、部屋に干せるぶんだけ洗濯をした。
二階に顔を洗いに行った。
お母さんが、なんか保険のことについて、Hくん(旦那)と話したいというので、起こした。
なんかよくわからないけど、今日は市役所に自立支援の手続きをしにいくことになった。
お母さんの車を借りて、雨の中行った。
最初に病院に寄って、旦那が診断書をもらってきた。
それから、市役所に行って手続きをした。
帰りにデニーズに寄って、遅い昼ご飯を食べた。
私はデニーズ嬉しいけど、旦那は食べるものがないと言っている。
お代わりドリンク飲んで、一時間半くらいいた。
家に帰ってきて、しばらくぼーっとしていた。
いつのまにか時間が経って、21時くらいになった。
お母さんが、お弁当買ってきたから、二人で食べ〜と言っていた。
私、今日の夕飯作りましょうか?と昼間に言ったのに、全然家庭の戦力には見られてないんだな〜と思った。
お父さんの49日には、もう一度戻ってきてな〜と言われた。
う〜ん、新幹線代がキツイね。
もう遅い時間だったので、お母さんがお風呂に入っている間に、仏壇の火を見てて〜と言われたので、部屋に一回戻って、薬飲んでタバコ吸ってから、もう一度二階に行った。
コーヒー飲みたかったので、「お母さん、コーヒーもらっていいですか」と聞いたら、「そんなん、いちいちことわらんでも、勝手に飲んだらいいがな〜家族なんやから〜」と言われた。
そうだね。
テレビ見ながら、コーヒー飲んでた。
そしたら、旦那が「なんか具合悪い・・・」というので、部屋で休んでなよ〜と言った。
しばらく一人でテレビ見てて、そのうちお母さんがお風呂から戻ってきた。
少し話し込んでから、部屋に戻った。
旦那は、まだ具合が悪そうだった。
お父さんが亡くなって、どっと力が抜けてしまったんだろう。
私は、母とスカイプで話しをした。
昨日の地震の話とか、父の話などしていた。
私は、「嫁」として、もう少し図々しくならなければいけないなと思った。
もう少し、率先して家事に参加して、早く「家族」という枠の中に入っていかなければいけない。
お母さんだけなら、そう出来るかもしれないけど、弟さん夫婦とか甥っ子ちゃんや姪っ子ちゃんがいると、どうも緊張してしまうんだな。
4/7/2011/thu
昨日、なかなか眠る気になれなくて、3時頃まで起きていた。
そしたら、起きたら13時半だった。
洗濯機に何も入ってなかったので、自分の分だけ洗濯をした。
それから、すぐに眠くなってしまって、昼寝した。
何度か目が覚めたけど、起きる気になれなくて、19時半くらいまで眠ってしまった。
弟さんのヨシオさんとチエちゃんと甥のコウジュくんとがいたので、一緒に夕飯を食べた。
食器を片付けてから、私がお風呂掃除して、お風呂をわかした。
みんな、今日は自分の家に帰るとのことだった。
弟さん夫婦は、三重県に住んでいるのだ。
猫を飼っているので、そろそろ心配だから帰るとのこと。
土曜日に初七日なので、それには来るらしい。
お母さんと旦那と私の三人になった。
この一週間、人がたくさんいたので、急に寂しくなった。
私は、気を使う相手が減って、助かったけど・・・。
これから、法要が増えるんだな。
お母さんは、花粉症みたいで、苦しそうだった。
「前向きに生きなあかん。後ろ向きでは、しんどいだけやからな」と言っていた。
お母さんは強いな。
4/6/2011/wed
昨日の夜、結局、家に泊まったのは、弟さん夫婦のヨシオさんとチエちゃんと私達夫婦の二組。
また夜眠れずに、旦那が眠ってから、追加眠剤を飲んで、明け方頃に眠った。
目覚まし時計は、9時半だったけど、9時には起きた。
洗濯をして、ベランダに干した。
また暖かくて、気持ちのいい春の日だった。
旦那も10時には起きて、11時には葬儀場に車で行った。
昨日と同じように座って、挨拶し、読経。
私は、午前中はいつもダメなので、思わず居眠りをしてしまった。
でも、お坊さんの仏具のでっかい音で、目が覚めた。
ごめんなさい、お父さん。
最後のお別れ。
お棺のふたを全部あけて、届いている生花を、みんなでお父さんのお棺に入れてあげる。
家族の手作りの蘭の花のレイ。それから、百合の花や白い花中心の生花。
さようなら、さようなら。
お母さんは「お父さん、またきっと会おうな。約束やで。約束やで」と繰り返し言いながら、お花をあげていた。
そして、出棺。
タクシー3台とバス一台と自家用車3台。
焼き場で、お父さんを見送った。
それから、またもう一度葬儀場に戻って、精進落としのお弁当を食べた。
30人くらいいたかな。
私の父母の関係のお葬式に何度も出ているが、いつもビールやお酒をつぎにまわったり、お料理を取り分けたりしなくてはならなくて、それが私は本当に嫌だった。
でも、この家では、そんなことすることもなく、お客さんみんなが勝手に飲んだり食べたりしてくれていたので、助かった。
長男である旦那が最後の挨拶をして、お母さんがしめの挨拶をした。
後は、適当にご飯を食べて、外でタバコ吸っていた。
お父さんの飲み仲間の人が、葬儀場の人には内緒で、残った手のつけられてない料理を箱に取り分けて、「夕飯に食べ〜」と包んでくれた。さすが関西人。
あっという間に時間が経って、再度焼き場に向かった。
骨になったお父さん。
末期癌だったけど、入院治療をしていないので、薬におかされていなく、お骨は真っ白で、形も残っていた。
お母さんは、見てられなくて、お骨を拾う以外は、目をそむけていた。
私は、取り落としたら大変だと思い、緊張してしまった。
お葬式って、緊張の連続だ。
お骨は半分も骨壷に入らなかった。
残った骨はどうなるんだろ?
疑問を残したまま、葬儀場に戻り、荷物を持って、お骨と共に家路についた。
16時半に、お坊さんがくるというので、急いで帰った。
ギリギリセーフで帰って、お坊さんがきた。
お茶を出して、骨壷を仏壇にあげた。
お経を読んでもらい、家族もそれにならった。
お母さんと、弟さん夫婦と甥っ子ちゃん二人と私達夫婦。
黄檗宗だった。
うちの父母のどちらかかは忘れたが、やはり禅宗だったはずだな。
旦那と甥っ子ちゃん二人が、正座が出来なくて困ってた。
お経が終わると、お坊さんの説教だった。
今まで出た葬式で、お坊さんの話でほう〜と感心したことって、一度もないな。
宗教本を読んでると、ほう〜と思うこといっぱいあるのにな。
全てが終わって、みんながお坊さんを送り出しているときに、洗濯物を取り込んだ。
旦那と、一緒に部屋に戻って、喪服を脱いだ。
つ、つ〜か〜れ〜た〜。
しばらく話してて、二人でそのまま眠ってしまった。
旦那は、ここ二ヶ月くらいの重荷がやっと肩からおろせた。
もう、お父さんがどうしてるか、夜中の見回りをしなくていいんだ。
だって、もうお父さんは楽になったのだもの。
長くつらかった闘病生活とお別れして、極楽浄土へ行く準備が出来たのだもの。
21時半頃に起きて、スーパーへ買い物に出掛けて、隣の食堂でご飯を食べた。
長い長い一日が終わった。
4/5/2011/tue
12時頃に起きた。
とても気持ちのいい春の日だった。
自転車で、スーパーまで行って、飲み物とか買ってきた。
15時に、お父さんのお迎えの車が来た。
みんな、喪服に着替えて、見送りをした。
お母さんは、「お父さんの家やねんで〜。行ってしまうんか〜」と泣いていた。
車で、出て行くのを見送って、子供達みんなで車に分乗して、葬儀場に行った。
湯灌の儀式をした。
お母さん、子供達、孫達で、みんなで洗ってあげていた。
お風呂好きのお父さんだったので、やっとお風呂に入れて、よかったね。
それから、弟嫁のヒロミちゃんの靴が派手すぎるというのと、孫の男子二名の靴がスニーカーだったのと、私の靴がボロだったので、お母さんがお金を出してくれて、近くのダイエーまで買いに行った。
私は、足が大きくて、普通のパンプスでは入らないんだな。
新しいの買えと言われても困ってしまう、と思っていた。
しかし、ダイエーに行ってみると、5Eのパンプスがあったので、履いてみたらぴったりだった。
ああ、よかった。
今までは、大きくても3Eくらいだったのだ。
旦那と二人で、喫茶店に寄ってタバコを吸った。
それから、葬儀場に戻った。
お通夜が始まる前から、お母さんは挨拶まわり、子供三人は入り口で出迎え。
私は、親族席の前のほうに座ってた。
お通夜は、緊張しました。
私は、一応長男の妻なので、最前列に座らされた。
うひー緊張。
あがり症なんだよー。
しかも、一般客の焼香のときは、喪主のお母さんと子供三人は、お棺の隣に立つことになったので、私一人で一番前の席。
やーめーてー。
緊張で、お父さんのこと、ちっとも考えられないよ。
やっとお通夜が終わって、精進落としの席。
予想と違って、こじんまりとしていて、少数の親しい親族だけだったので、よかった。
お寿司を食べて、弟さんのクニオさんが買ってきてくれたパンも食べた。
それから、家族の控え室に戻って、弟さん夫婦と交代して、お父さんのそばにいた。
なんか、泊まれるようになっていて、畳の部屋二つに布団とお風呂まであるという。
し、しかし・・・か、帰りたい・・・。
弟嫁のチエちゃんが、「deeちゃん、気ぃ使うやろ。無理してここにいんでもいいねんで〜」と言ってくれた。
そのとき、「あ、この人、私の精神的な病のこと知ってるんだ」と悟った。
だからいつも、いろいろ気を使ってくれたり、時によっては冷たいように感じてたんだな、と思った。
でも、ここに泊まるのを前提として考えているようで、旦那が「薬野飲まな、あかんねん」と言ってくれたんだけど、「待ってるから、家に取りに行ってもいいねんで〜」と言っていた。
しかし、お母さんが戻ってきて、旦那が「deeを家で眠らしてあげたいねんけど」って言ってくれたら、お母さんは「そんなん、全然構へんで〜帰り〜」と言ってくれたので、ホッとした。
しばらく、お母さんと話して、お母さんも泊まる準備をしてないので、一回家に帰りたいって言うので、甥っ子ちゃんたち二人とお母さんと私と旦那で、家に帰ってきた。
必要な荷物をかばんに詰めていた。
お母さんは、フラダンスの先生なので、昨日の夜に作った生花のレイを持っていった。
明日は、告別式。
とうとう本当に、お父さんとお別れだ。
旦那の精神状態が、とても心配。
人一倍、ナイーブな人だから。
4/4/2011/mon
深夜2時過ぎに、眠剤飲んでベッドに入ったが、全く眠れず。
4時10分頃に、追加眠剤。
そしたらすぐに、甥のコウジュくんが、ドアをたたいてきた。
なにごとかとかけつけると、お父さんの臨終だった。
家族みんな、寝入って、弟さんのヨシオさんだけ起きてた。
なにか、手をあわせようとしていて、ぱたりと落ちたという。
お母さんが「お父さん!お父さん!ほんまに死んでしもうたんか?」と泣き崩れていた。
弟さんのヨシオさんが、脈を見て、チエちゃんが顔を触って「パパ、まだ暖かいで〜」言っていた。
息も途切れ、そのうち心臓も止まった。
家族みんなで、涙ながらに「よう頑張ったなあ、お父さん、最期までよう頑張ったなあ」と言い続けた。
そして、新しい寝巻きに着替えさせて、布団回りもキレイにして、人口呼吸器を止めた。
午前4時30分だった。
末期癌でありながら、入院もせず、家族みんなに看取られて、幸せな往生だったはずだ。
私も、「Hくん(旦那)のことは、任せてくださいね、お父さん」と、声をかけた。
すぐに、お医者さんに連絡して、お坊さんにも連絡して来てもらった。
お坊さんが、すぐに来てくれて、お経をあげてくれた。
神仏共に、大事にするお父さんであった。しっかり供養せねばならない。
それから、私と旦那とで、線香の番をしようと思ったが、二人とも眠剤を飲んでいたので、ぐったり。
弟さんのクニオさんが、寝ていいで〜と言うので、少し眠ることにした。
何度も夢を見ながら、起きたり眠ったりを繰り返していた。
12時過ぎに、私は起きた。
旦那はいなかった。
お昼ご飯のクロワッサンを二つ、私の枕元に置いてくれて、「病院に行って来る」というメモが残っていた。
明日、心療内科の日だったので、今日に薬だけ貰いにいったんだろう。
二階では、お父さんの布団が、葬儀用の豪華なものに変えられていて、お母さんとヨシオさん夫婦が、多分葬儀社の人と葬儀の話し合いをしていた。
孫二人が、線香の見張り番をしていた。
私は、眠くて、もう一度眠ってしまった。
起きたら夕方。
弟さんのクニオさんの嫁さんと双子の女の子が来ている様子で、とても騒がしかった。
旦那も、いつのまにか帰ってきていて、横で眠っていた。
弟さん夫婦が、夕飯を中華料理店に買いに行ってくれて、二階はお客さまや家族でいっぱいなので、一階の旦那の部屋に、私達のぶんの夕食を持ってきてくれた。
夕飯を食べて、二階の台所に食器を持って行って、洗った。
お母さんは、あちこち連絡したり、連絡が来たり、お客さんが来たりしていて、大忙しだった。
私の実家からも、香典や弔電やお花などの連絡をした。
夜遅くまで、弟さんとこの双子の幼児が、きゃあきゃあ遊んでてうるさかった。
トイレに行ったり、お風呂に入ったりするのに、そういう「親戚」を気にしなければならないのは、ストレス。
旦那は自分もつらいのに、私に気を使ってくれるので、助かってる。
明日にお通夜。
明後日に告別式。
4/3/2011/sun
関西のお父さんは、昨日の夜が山場だということだったが、なんとか持ちこたえた。
明け方頃に眠って、午前11時頃に起きた。
洗濯しようかとも思ったが、曇り空だったので、明日にすることにした。
お昼は、旦那の弟さんがスパゲッティを1キロ分茹でて、家族8人分を作ってくれた。
生理になってしまった。
こんなときに・・・。
家族が集まっているから、トイレがふさがっていることが多いのだ。
夕方まで昼寝してた。
関西の家族みんなで、お父さんのベッドの周りを囲んでいた。
21時前に、旦那と二人で、外にお好み焼きを食べに行った。
携帯に電話が入って、お母さんが「家族みんなの分を、買って帰ってきてな〜」というので、お好み焼き5枚と焼き蕎麦二つ買って帰った。
今日は寒い。
世間では、桜は咲いているのだろうか。
ママに会いたい。
4/2/2011/sat
昨日の夜、また眠れなくって、追加眠剤。
明け方頃に眠った。
昼頃に、起きて洗濯をした。
お母さんが、ドーナツをくれたので、朝ごはんに一個食べた。
また昼寝して起きた。
もう夕方。
またお父さんの先生が来てて、お母さんと話してた。
今夜が山場であろうということらしい。
お父さんが、大事な家の神様と仏壇に、お酒をあげてほしいというので、旦那と私で車に乗って、スーパーにでかけて、買いに行った。
昼間は暖かかったのに、夜はとっても寒かった。
ビールワンケースと、飲み物満載とおつまみ買ってきた。
夜に、家族みんなで、お父さんのベッドを囲んで、声をかけていた。
末期癌というのに、入院もせずに自宅で最期のときを過ごせる。
幸せな家族だよね。
子供達と孫達が集まって、お父さんの手を握って、顔を触って、声をかける。
みんな泣きながら、お父さんに明るい言葉をかける。
お母さんは「お父さん、また会おうな。約束やで」と声をかけていた。
本当に、仲のいい夫婦なんだ。
今夜は眠れそうにない。
4/1/2011/fri
12時頃に起きた。
なんか、明け方3時頃から4時頃まで、お父さんの世話をしていたらいいが、気づかずに寝てた。
新幹線に乗った疲れが残ってて、またもう一度眠った。
夕方頃に、目が覚めた。
なんか、往診に来てたお医者さんが、家族に話があるとのことだった。
私は、起きたばっかりだったので、遠慮しておいた。
夕飯を、お母さんが作ってくれたので、お手伝いしながら、一緒に食べた。
弟嫁ちゃんや甥っ子ちゃんたちは、外に食べに行ったようだった。
4/24が、結婚記念日だから、それまでもってくれたらええんやけどな〜と言っていた。
お父さんが、自分が死んだら、耳と目が悪いお母さんに移植してやりたいと、看護婦さんに言っていたそうだ。
なんて優しいんだろう。
本当にお母さんが好きなんだな。
とてもいい夫婦なんだな。
とてもうらやましい。